マイ・ノベル・バンク

ここはオリジナル小説の貯蔵庫です。気に入ったらちょっとの間お立ち寄りください。

26.しょうこへ #1【珈琲店 23時】

f:id:FairWinder:20160812020505j:plain
注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

あらすじ・・・

多田深結稀は34歳、コーヒーチェーン「都城珈琲」の店長である。日々店とアパートの往復を繰り返して仕事に打ち込む深結稀であったが、過去につらい思い出を抱え、その気持ちのやり場を毎晩深夜のブログに求めていた。
物語は深結稀と少女店員の祥子を中心に展開する。祥子は、深結稀の上司、澤木律子の娘であった。そして、律子もまた深結稀と同じ辛い過去を抱えていた。
深結稀、祥子、そして律子、3人の人生が交錯し、やがて深結稀に幸せな時間が訪れる。

この作品は・・・

日本中にどれくらいのブロガーがいて、またプログが存在するのでしょうか。100人に一人でも100万人以上のブロガーがいることになります。
すると、この話の主人公の深結稀が毎晩根気よくプログを書き続けても、なかなか閲覧しては貰えないと思います。
でも、深結稀がブログを書き続けた目的は多くの人に見てもらうことではありませんでした。たった一人にだけ見て貰えば良かったのです。
そんなプロガーがいても素敵だな、という思いから膨らませた作品です。

珈琲店 23時

あわただしい一日が終わり、フロアの灯りを落とすと店に静寂が訪れた。
時計は、午後11時、これから終電までの1時間足らずが大切な時間なのだ。
彼女は、窓辺の小さなダウンライトの下でパソコンに向かい、いつもの言葉でブログを書きはじめた。

「しょうこへ」

彼女は一度パソコンから顔を上げ、一瞬遠い眼をして、また画面に向かった。

「きっと、あなたはもう眠っていますね。
しょうこはまだ小学生だから。
いま、あなたはどんな夢をみていますか。
お空の夢ですか。
鳥になって、青い空と白い雲の間を飛べたら気もちがよいでしょうね。
海の夢ですか。
お魚になって、海の底から波の上に輝く太陽をみたらステキでしょうね。
わたしはひどいお母さんだから、もうしょうこにはあえないの。
せめて、夢のなかだけ、白い雲になって、そっとあなたのそばに飛んでいきたいな。
しょうこ、おやすみなさい。
いい夢を。」

そこまで書いて、もう一度内容を見直してブログを公開する。
そして、パソコンを閉じて軽く伸びをした。

「あっ、店長、遅くまでお疲れ様です。」
奥の厨房から男性が顔を出した。
「北野さん・・どうしたの。こんな時間に。確かあなた、明日早番じゃなかった?ゆっくりしていると、すぐ夜が開けるわよ。」
「ええ、まあ、そうなんですけど、昔の友達と飲んでたら、こんな時間になっちゃって。それで酔い覚ましで歩いてたら、ちょうど店の前を通りかかったんで、ちょっとね。」
「そう、ほどほどにね。」
「そういう店長も、明日は朝から店長会議でしょ。夜更かしして居眠りなんかしたらどやされますよ。」
「大丈夫よ、報告書はもうまとめてあるし、あとは家へ帰って寝るだけだもの。」
「そっか、店長おひとりですもんね。気楽でいいっすねえ。」
「君ねえ、そんな言いにくいことをよく言うね。女が一人で生きていくのは、ものすごくたいへんなのよ。」
「男でも一緒っすよ。」
「あなたは、まだ若いからいいわよ。それに、たいへんだと思うならさっさと身を固めたら。」
「店長こそ、まだ全然若いし、結婚とか考えないんですか?」
「あんなものは一度すれば充分よ。」
「えっ・・・あっ、俺なんか悪いこと聞きました?」
「大丈夫、気にしなくていいわよ。」

北野にも手伝ってもらい、店の戸締りを終えた彼女は夜の街へと歩き始めた。
彼女の名前は、多田深結稀(ただみゆき)。この都城(としろ)珈琲の主力店の一つである新町店を任されている。歳は今年34歳になる。
店は朝7時から夜22時まで営業している。それを、6時から14時、11時から19時、17時から23時の3回シフトで回している。重なっている11時から14時、17時から19時は繁忙期への対応のためだ。これで少人数で効率よく店の運営をしている。
深結稀は11時から最後まで入店していた。会社の規定よりも長くなるが、店長として繁忙期に不在というわけにはいかない。そして、22時に閉店後、他のスタッフに掃除を任せて、明日の仕込みやレジをチェックする。そして23時には、全ての業務が終わりフロアの灯りを落とす。
それから、終電の時間までの1時間に毎日深結稀が続けていることがあった。それは、日記代わりのブログの更新である。深結稀は、もう7年以上もこのブログを続けている。店長になる前から、そして店長を命じられてからも忙しくはなったが1日も休むことなく続けてきた。日によって短いこともあれば、長いこともある。

店をでて10分ほどで地下鉄の入り口がある。そこから3駅で降りて、さらに5分歩けば深結稀の住んでいるアパートに着く。
家族もいない一人暮らしで、昼夜の食事も店のまかないで済ませているので、アパートには殆ど寝に帰るだけであった。遅くとも午前2時までには床に就き、翌朝10時にはアパートを出る。その繰り返しで日々が過ぎていった。

母の思い

都島珈琲では2週間に一度、本社の店長会議が開かれていた。
10時からの会議に間に合うため、その日は1時間早くアパートをでなければならない。そして、会議は20店の店長全員とエリアマネージャー、そして社長の都城が同席して行われる。会議は、諸連絡、エリアマネージャーによる各地区の業績報告と、店長からの意見聴取、社長の訓示と続き、1時間余りで終了する。

今からなら、本社から近い新町店には入店数がピークとなる12時までに入店できそうだ。深結稀がそんなことを考えて、本社を辞そうとしていた時、エリアマネージャーの澤木が声をかけてきた。
「ねえ、少しいいかしら。」
澤木律子42歳、新町店を含むエリアの女性マネージャーである。
澤木は深結稀を同じフロアーのコーヒーコーナーに誘った。コーヒーコーナーと言っても、珈琲専門店のこと、外部の来客にも恥ずかしくないように焙煎された本格的なコーヒーが飲める。そして、二人きりの話ができる打ち合わせスペースも併設されていた。
「ごめんなさいね、忙しい身なのに引き止めてしまって。」
「いいえ、まだ時間的に大丈夫ですから。」
コーヒーの香りが漂う席につくと二人は会話を交した。

「それで、どう、あの子ちゃんと勤まっている」
「祥子(さちこ)さんのことですか。」
「ええ・・・世話をかけるわね。」
「最初のうちは少し戸惑っていましたが、ここのところかなり覚わってきたようです。」
「そう、でも店のスタッフに迷惑をかけていないかしら。」
「まあ、そこは、まだ女子高生の年齢ですから、多少は大目に見るように伝えています。気にしないでください。それより店が若返って雰囲気良くなりましたよ。」
「そう言ってもらうと救われるわ。」

話題の主の亜麻野祥子(あまのさちこ)は、8月から深結稀のもとで働いている。年齢は16歳。
最初は、本人が直接、働かせて欲しいと都城珈琲の新町店を訪ねてきた。
その対応を行った深結稀は、スタッフに不足をしていなかったので「現在店員の募集はしていない」と伝えて一旦断った。しかし、何でもするし、役に立てるまでは給料も要らないと祥子は粘った。それで、とりあえず「あなたはまだ未成年だし、きちんとご両親の許しを貰ってきなさい」と帰したのであった。
ところが後日、当の祥子の父親がエリアマネージャーの律子を訪ねてきた。そして、なんとか祥子を新町店で雇ってもらえないかと頼んだのである。

実は、祥子の父親の亜麻野浩樹と律子は元夫婦であった。そして、祥子は律子の血のつながった娘なのだ。ただ、2人は祥子がまだ3歳の13年前に離婚している。
原因は律子の方にあった。当時、律子は夫の浩樹以外に懇意にしている男性がいた。そして、真面目一辺倒の浩樹に飽き足らず、もう一人の男と逢瀬を重ねていた。
仕事も忙しくなり、家庭がおろそかになっていたところに、他の男性との道ならぬ逢瀬が発覚したのだ。
浩樹は怒り、かつ動揺をした。そして、一方的に離婚を通告した。
身から出た錆である。律子はそれを受け入れざるを得なかった。また、祥子の親権が認められず、接見も禁止された。それすらも、律子は泣く泣く受け入れたのだ。

それから律子は、男性との関係を清算し仕事を糧に独り身を貫いている。また、浩樹も同じように独身のままだった。
祥子は母恋しい時期に、いきなり母親と引き離されて父の手一つで育てられてきた。そのせいか、人を信用しない、どこかすねた感じを持つ子供であった。小学校でも、中学校でもよく問題行動を起こしては浩樹を困らせてきた。しかし、浩樹は父親として至らない自分を責め、祥子には精一杯我がままをさせていた。やがて、高校に進学した祥子であったが、いつも気分次第で周りを振り回す彼女と、クラスの他の生徒が対立した。そして、クラスが結束して祥子の退学を願い出たのだ。
とはいえ、学校側としては対応に苦慮をする。だが、結局、祥子のほういたたまれなくなり学校を飛び出した。まだ、夏休み前のことであった。
それからの祥子はお決まりの転落の人生を歩むかと思われた。だが、父親に対して、働きたい店があるから認めて欲しいと言ってきた。父親は娘の行く末を案じていた矢先の意外な展開に驚いた。しかし、聞けば店は店員募集をしている訳ではなさそうだ。いくら娘の願いでも店に迷惑をかける訳にはいかない。ただ、店が律子の勤める都城珈琲の店舗と聞き、意を決して会社に元妻を訪ねたのだ。

浩樹は、「これは君を許したわけではない、祥子にも近づいて欲しくない。その上で虫のいい話だとは思うのだが、新町店で採用して欲しい。」と申し入れた。事情を聴き、律子も事の重さが分かった。もし、断れば娘は道を誤るかも知れない。そして、浩樹の申し入れを全面的に受け入れることにした。
澤木律子に、相談を受けた深結稀は、律子の事情を自分に重ね合わせていた。深結稀にも、今はもう会うことができない一人娘がいるのであった。

「あなたには無理を聞いてもらって感謝している。」
「長い間会えなかった娘さんがすぐそこにいるのに、声もかけられないなんてお察しします。」
「いいえ、多田さん、あなたが私の目になってくれるから安心できるわ。今はあの子を近くで見守ることができるのよ。」
そういって、律子はかすかな笑みを浮かべた。

しょうこへ

その夜、営業が終わった後の店で、深結稀はいつものようにブログを書いていた。

「しょうこへ
今日も一日たのしかったですか。
お母さんにも、あなたに教えたい面白いはなしがあります。
お店にね、さっちゃんという子がいるでしょ。
その子がね、お仕事をほっておいてどっか行っちゃったの。
みんなブーブー言いながら探していたわ。
そうしたらねえ、顔に白いペンキをつけてお店に入ってきたの。

『あんた、この忙しい時にどこにいってますねん』って、山田のお母さんが怒ったら、なんと表の花壇のブリキ人形に色を塗っていたんですって。
さっちゃんは、『せっかくの美人が、眼から涙流して可哀想』って言うのよ。
しばらく、そのままにしたあったから、雨に洗われて錆がついていたのね。眼から下にも茶色い線が入って、まるで泣いているみたいに見えたんだわ。
『だから、塗りなおしたんだよ。店の入り口で泣かれてちゃ店の評判が落ちるでしょ』ですって。
お母さん、それを聞いて思わずおかしくって。
声をだして笑っていたら、山田さんには『店長からそれでは困りますがな。そういうことはキチッとしてもらわんと。』って怒られたけどね。

さっちゃんってね、気まぐれで身勝手で、だからみんなに誤解されやすいけど、お母さんにはものすごくいい子に思えるの。
もし、しょうこが大きくなって、この町に来ることがあれば、さっちゃんのきれいに塗ってくれたブリキさんを見にきてね。
じゃあ、おやすみなさい。よい夢を。」

深結稀は、ブログにお店や身のまわりで起きたいろいろなことを書いていた。さすがに迷惑をかけるといけないと思って店の名前は出さないが、長い間読み続けていれば、都城珈琲の新町店のことを書いていることは誰にでも分かった。

深結稀は、必ず「しょうこへ」という呼びかけでブログを始めた。
しょうことは、深結稀の実の娘で、篝谷唱子(かがりたにしょうこ)のことである。
姓が異なることからわかるように、深結稀もまた唱子とは離れて暮らしている。
唱子の父親は、篝谷雅哉といい、商社に勤める若手社員であった。また古くから続く旧家の跡取りでもあった。若かった深結稀は雅哉のスマートな容姿に魅かれて、繰り返しアタックをした。そして、遂に彼の心を射止めることができたのだ。しかし、彼が旧家の跡取りであることを理解していなかった。

彼の希望で結婚とともに深結稀は会社を辞めて、篝谷家に入った。ところが、たよりの夫は会社にでかけて、日中はずっと旧家のしきたりに凝り固まった舅や姑、出戻りの小姑と過ごさねばならなかった。やがて結婚前は隠していた彼らの本音が露わになっていく。「家柄もよくわからない、どこの馬の骨とも知れない嫁」、彼らの旧家プライドがそう思わせるのだった。
雅哉の前では、みんな深結稀を気遣いながらも、彼がいないところでは、ことあるごとに深結稀の不調法を責めた。まるでできの悪い女中につらくあたっているようであった。
それでも、深結稀はよく耐えた。とても心が強く我慢強い娘なのだ。しかし、それが却って彼女を追い詰めた。

やがて、子供が生まれて子育てで忙殺されるようになっていく。その子が唱子である。今までの家のことに加え、子育ても完璧にこなして、良妻賢母を演じようとした。しかし、唱子は神経質で癇の強い子供で、ことあるごとに彼女を困らせた。それが周りから見ると全て深結稀の不手際に見える。そして、それを言い立てて彼女を攻め続けた。さらに唯一理解者である夫の雅哉も不足を言うようになっていった。
それをジッと溜め込んだ彼女は重い育児ノイローゼに悩まされることになる。そして、ある日、とうとう耐え切れずに、全てを投げ捨てて篝谷家から逃げ出したのだ。

これ幸いとばかりに篝谷家は深結稀に縁切り状を送りつけてきた。深結稀には、庇ってくれると思っていた夫がそれに異を称えなかったことがショックだった。
そうして、深結稀は一方的に篝谷家から出され、唱子とも会わせてもらえなくなった。それでも、深結稀は唱子の親権を争おうとは思わなかった。それほど、その時の深結稀は深く傷つけられ、疲れきって、恐怖に打ちのめされていたのだ。
深結稀25歳、唱子1歳の時であった。

それから、1年ほど実家で過ごすうち、ひどく打ちのめされた深結稀の心は徐々に回復していった。そして、自分を変えるために、都城珈琲にスタッフとして就職し、実家も離れて8年が経つ。
深結稀は唱子のことを振り払うように仕事に没頭した。やがて、店になくてはならないスタッフになった時、ポッカリ空いた心の穴に気がついた。それは、一時期ではあったが愛情を注いだわが子への思いである。
そうして、その時から愛娘の唱子に向けてブログを書いている。
もちろん、唱子自身がそれを知ることはないだろう。しかし、誰でも閲覧できるような公開ブログなので、もしかしたらいつか娘の眼に留まる日が来るかも知れない。そんな淡い思いを込め書き始めたブログであった。
ただ、世の中にブロガーは何百万人、何千万人いるかも知れない。その中でブログを書き始めても全く閲覧されなかった。たまに、他のブログから迷い込んだと思われる読者が閲覧してくれるが、1週間に1人とか、1ヶ月に2人とかのペースがしばらく続いた。それでも、深結稀はたった一人に届けば良いと自分を励ましてブログを毎日更新し続けた。

ところが3年前から不思議なことに必ず毎日閲覧する人が現われたのだ。読者登録はしていなかった。ただ、毎日の閲覧履歴に最低1が記録されていた。
もちろん同じ人物とは限らない。でも深結稀は、唱子が見てくれていると夢想した。何故なら、「しょうこへ」と必ず呼びかけているのだ。赤の他人がそこまで根気強くつきあってくれるはずがない。
そして、今ではこの夜11時は、深結稀にとって唱子と会話する大切な時間になっている。

深結稀の気がかり

「ほらっ、ちゃっちゃっと動く。ボーッと立ってられるとジャマくさくてかなわんわ。」
また、祥子が、最年長の山田さんに怒られている。みんなは愛情を込めて山田のお母さんと呼んでいるが、祥子にとっては小うるさいおばさんである。
「はい、はい、わかりましたあ。いない方がいいんですね。」と憎まれ口をたたいて、祥子はプイッとどこかへ出ていってしまった。

相変わらずである。深結稀は苦笑した。
「もうっ、店長、なんとかしてくれませんか。ただでさえ忙しいのに、あん子がいると仕事がもう一つ増えますねん。」
「お母さん、そう言わないで。誰でも最初から完璧にはできないですから。私も最初はお母さんには随分怒られましたよ。」
「そんな、店長と一緒にできますかいな。あんさんは、わたしの生徒の中では一番優秀だったやおまへんか。」
「かいかぶりすぎですって。」
「でも、なんやあの子、店長の言うことだけはよう聞きますなあ。躾け方にコツがあったら教えて欲しいわ。」
「そんな犬や猫じゃないんですから。」

それでも、少しずつ良くなってきているとは思う。廻りへの気遣いも覚えてきたようだ。ただ、その表現方法に難有りだが。
しかし、祥子について深結稀には気がかりがあった。
たまに、店にあまり身持ちの良くない高校生のグループがやってくる。男子が2名と女子が1名。平日のこんな時間に時間を潰しているのだから、学校もまともに行っていないに違いない。女子は髪に黄色と緑のメッシュを入れて、派手な付けまつげとマスカラをしている。服装は派手なスタジャンにジーンズ。まるで売れないバンドのヴォーカルという感じで、あまりいけてない。男子にしても推して知るべし。
ただ、男子の方は二人とももの凄く威圧感があって、かなり話しかけるのに勇気がいる。幸いにして、女子の方は人懐こい性格らしく、オーダーは彼女を通して聞くことができた。
ところが、祥子はその女子の方と顔見知りらしいのだ。
女子も、店の祥子の立場を考えてか、大っぴらに親しいところを見せないが、たまに下手くそなアイコンタクトをするものだから、他の人間にも知り合いであると分かる。

ある時、女子が祥子に目配せをすると急に席を立って店の外に出た。見ていると祥子も、そおっと厨房に姿を消し、目立たないように裏口から姿を消した。
深結稀も気になって気づかれないように後に続いた。すると、店の裏の、道から死角になっているところに2人がいた。 深結稀は少し離れたところで、そっと様子をうかがうと、2人の会話が聞こえてくる。

「この間、もう最後って言ったよね。どういうことなの。」
祥子が女子からたかられているのだろうかと案じたが、どうやら様子がちがうようだ。
「ごめん、そんな怒らないで!親友でしょ。」
平謝りしているのは女子の方だ。
「別にお金を貸すのはいいわよ。でも、あんた、完全にたかられてんじゃん。」
「そんなんじゃないって。あたしさあ、ヒロトに惚れてんじゃん。だから、少しでもいいとこ見せたいのよ。」
「そんな、お金をチラつかせなきゃ、なびかない男なんか相手にしたらダメだよ。」
「そんなこと言わないで。同い年で社会人の友達なんて、あんただけだからさあ。ねえお願い。もうこれで最後にするから。」
「お金を渡しているうちはいいわよ。でも、あんた自身無茶苦茶にされても知らないから。」
「ヒロトは、ああ見えて結構優しいんだよ。ちゃんと、あたしのことを考えてくれるんだ。」

もう何を言っても無駄と思ったか、祥子は財布を取り出してしぶしぶ3万円を渡した。お金を受け取ると女子は祥子を拝むマネをして店の中に入っていった。
どうやら祥子自身が悪い友達と関わっている訳ではなさそうだ。まるで、どうしようもなく身持ちの悪い妹を叱る姉のようだった。深結稀は、ひとまず安堵の胸をなでおろした。
しかし、何がどう間違って危ないことに巻き込まれるかも知れない。
祥子の気持ちと、母親の律子の気持ちを思って深結稀は悩んだ。
いらぬ干渉をして祥子を傷つけるかも知れない。また律子を心配させるかも知れない。だからと言って、黙っていて良いものか・・・。

波乱

憎まれ口をたたいた祥子はプイッとどこかへ出ていってしまった。
ところが、入れ替わるように店の玄関に仁王立ちになったのは、例の女子の男友達2人だった。
「おいっ、ここに、亜麻野祥子っていうヤツいるだろう。呼んでくれや。」
高校生とは、思えないドスの効いた声でそう言った。

何が起こったのかと、一瞬店がざわついた。
深結稀は他のスタッフを制して、対応するために玄関に向かった。幸いにして、今、祥子はいない。「いない」と言って今日のところは帰ってもらおう。
「申し訳ありません。今日、亜麻野は出勤しておりません。日を改めて起こしください。」
「そうか、ならしゃあないな。そのかわりに亜麻野の住所を教えてもらおうか。」
「当店では、スタッフの個人情報はお教えできないことになっております。」

「じゃかあしい!ボケ!!」

バーンと、店のドアを蹴飛ばして、男子の一人が 深結稀の胸ぐらを掴んできた。
「勘違いするなや、わしはたのんどるんやない!怪我したくなかったら、素直に亜麻野の居場所教えいいうとんじゃ!」
さすがに、深結稀も肝が縮んだ。だが、ここはあくまでも毅然とした対応をせねば。
「ここは他のお客様もおられることですし、外でお話をうかがいます。」

ところが、そこに折悪しく、さっきプイッと出て行った祥子が帰ってきた。
「あっ、ヒロくん、あいつ・・・。」
それをもう一人の男子が目ざとく見つける。
やがて、2人に気づいた祥子は青ざめ、そして瞬間的にもと来た方向に逃げ出した。
「あいつ、にげるで!!」
「逃がすな!コラ!!待たんかい!」
逃げる祥子を2人の男子が追いかけた。

「ねえ、お母さん、あとをお願い!あと警察に連絡して。」
深結稀は、店の奥に向かって、そう短く指示をした。
そして、彼女も彼らの後を追いかけて走り始めた。

(しょうこへ #2に続く)