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25.隠れ家 #2【約束の場所】

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

異世界人

島崎は、目の前に聳え立った巨大な影の前に立ちすくんでしまった。
島崎の脳裏には、悲惨な現場に遭遇した後、幻覚や幻聴に悩まされ、ついには現場を去っていた同僚のことが思い起こされていた。
(ちっ・・・ついに、俺も年貢の納め時ってヤツか・・・)
だんだんと強くなっていく、その形容しようのない不気味さは、だが、ポンッと異空間に投げ出されるような別の感覚へと転じた。
目の前のビルも、周りの雑踏も掻き消え、聳えたった巨大な影は、いつの間にか島崎と同じ背丈の対象と化していた。ただ、一生懸命眼を凝らすのだが、人らしき影を認めても、それが一体何であるかについては、ハッキリと知ることはできなかった。
そして、島崎は自分の舌をひどく重く感じ、やっと「お、おい・・・」とだけ、声を発した。
それに対して目の前の対象は、涼やかな声で返答を返した。
状況の異様さとは対称に、心の底に沁み通る穏やかな響きであった。
「シマザキ・コノヨウナ・カタチデ・コンタクトヲ・トッタコトデ・オドロカセテ・シマッタカモシレマセン」
「ワタシハ・アナタノココロニ・チョクセツ・ビジョンヲ・オクッテイマス」
「アナタノ・ホントウノ・カラダハ・アンゼンナバショニ・イドウシマシタ
 ダカラ・アンシンシテ・クダサイ」
「おいっ、本当の身体とはどういうことだ。それにここはどこだ。」
金縛りが解けたように急に島崎は喋り始めた。
「お前は現実なのか、それとも俺の頭が狂っちまったのか。」
「ココハ・アナタノ・スインデイル・セカイデハナイノデス
 ダカラ・ゲンジツデモアリ・ゲンジツデモナイ」
「待てよ。禅問答はもう沢山だ。それより、俺に何の用だ。」
「ソレハ・サオリトシュウイチガ・シマザキ・アナタヲ・シメイシタカラデス」
「サオリトシュウイチ?まさか、吉良沙織里と仁美秀一のことを言っているのか?
 まさか、お前たちが2人を拉致しているのか?」
「アナタガタガイウ・ラチトハ・チガイマス
 ムシロ・カレラノホウカラ・タスケヲ・モトメテ・キタノデス」
その時、影は見る間に数を増していった。一体から二体、三体から四体、四体から五体・・・そして、視界一杯に影が広がっていった。どの影も、目と口と思しきところに光が明滅していた。
「おっ、お前達は一体何だ!」
「アナタガ・ソウゾウデキルヨウナ・ソンザイデハ・アリマセン」
「おい、ばけもの!答えろ!なぜ俺なんだ?」
「サオリトシュウイチガ・ワタシタチノトコロヘ・キテカラ・ズット・ジブンタチガ・モトイタセカイヲ・ミテイマシタ
 ソシテ・タダヒトリ・シンヨウデキル・オトナガ・アナタダッタ・ノデス」
「そりゃ、どうも、とでも言うべきか?」
「アナタガタハ・キガツイテ・イマシタカ
 コノトコロ・ユクエシレズニ・ナッテイルニンゲンガ・フエテイルコトヲ」
「ああ、知ってるさ。子供だけでも、この一年で、もう100人以上行方不明になっている。」
「セカイデハ・ソノナンビャクバイモ・ユクエガ・ワカラナクナッテイマス
 コドモダケデハナク・ワカモノモ・ロウジンモ・ユクエシレズナノデス」
「まさか・・・みんなお前達の仕業ってことなのか。」
「ミンナデハ・アリマセン
 シカシ・カナリノ・ワリアイヲ・シメテイルノハ・ヒテイシマセン」
「何のためだ!まさか、取って食おうとでもいうのか。」
「ワタシタチハ・カレラニ・カクレガヲ・テイキョウシテイル・ノデス
 カレラノ・ココロノ・サケビガ・ゲンカイヲ・コエタトキニ・ワタシタチハ・カレラノモトニ・デムキ・ワタシタチノ・セカイニ・ムカエイレマス」
「ナゼナラバ・カレラヲ・ソノママ・ホオッテオクト・カナリノカクリツデ・ミズカラノ・イノチヲ・タツカラデス」
「放っておくと自殺をするから、その前にお前達が保護していると言うことか?」
「アナタタチノ・ブンメイハ・フタツノ・オオキナモノガ・ケツラク・シテイマス
 ソレハ・シヌ・トイウコトヘノ・ホントウノ・オソレデス
 モウヒトツハ・イキルノガ・クルシクテ・タマラナイトキ・シヌコト・イガイニ・センタクシガ・ヨウイサレテ・イナイコトデス」
「イキモノニトッテ・シヌコトイジョウノ・クルシミハ・ナイハズデス
 モシ・ジサツシヨウト・オモッテモ・ソノクルシミガ・ワカッテイタラ・ダレモ・シノウト・オモイマセン
 カレラハ・ホントウハ・タダ・イマイキテイル・クルシイセカイカラ・スコシ・ハナレラレサエスレバヨイノデス」
「スコシノ・アイダ・ミヲカクス・カクレガガ・アレバ・ヨイノデス」
「だが、後に残されたもの達はどうなる。肉親が急に消えちまうんだぞ。」
「シカシ・ソノヒトタチハ・カレラヲ・マモレナイ」
「タダ・ワタシタチノ・カクレガモ・コレイジョウ・カレラヲ・ムカエイレルコトガ・デキナクナッテイマス
 デスカラ・タビダチノ・トキガ・チカヅイテ・イルノデス
 ワタシタチノ・フルサトハ・トテツモナク・ヒロイセカイ・デス
 タダ・ヒトガマバラナ・コドクナ・セカイデス
 ソコヘ・ミンナデ・ムカイマス」
「お前達、本当はどこかの星から飛んできた異星人か何かだろう。それで、自分達の星に100万光年を飛んで帰ろうと言うわけか。
 あるいは、異次元の隙間へ、この世界の人間をひきずりこもうとでも言うのか?
 どっちでもいいが、その前に捕まえている人間を解放しろ。」
「ワタシタチハ・アナタノ・ソウゾウノ・オヨバナイ・ソンザイデス
 ソレニ・カレラハ・ジブンデ・エランデ・ワタシタチト・コウドウヲ・トモニ・シヨウトシテイルノデス
 タダ、ナカニハ・モトノ・セカイヘ・モドルコトヲ・センタクスル・モノモイマス
 サオリトシュウイチモ・モウイチド・カゾクト・アッテ・ワタシタチト・イッショニクルカ・モドルカヲ・キメタガッテ・イマス」
「デスカラ・アナタニ・カレラノ・リョウシンヘノ・レンラクヲ・タノミタイノデス
 マチアワセノ・バショハ・マチハズレノ・コウジョウアトノ・アキチ
 ジカンハ・アシタノ・ヨル・レイジ・イマカラ・ニジュウクジカンゴ・デス
 ソコニ・フタリノ・カゾクヲ・ツレテキテ・クダサイ」
「馬鹿野郎!何を勝手に話を進めてやがる!
 ちったあ、人の都合というもんを考えろ!
だいたい、上にはどう報告するんだ!
それに、こんな馬鹿な話を、やつらの家族が信用すると思うのか?」
「コノ・ジカンヲ・スギルト・ワタシタチハ・ハルカ・トオイトコロニ・タビダタネバ・ナリマセン
 カレラノ・キボウヲ・カナエルタメニ・ドウシテモ・アナタノ・チカラガ・ヒツヨウナノデス
 キョウリョクヲ・オネガイシマス」
「おい、なら、沙織里と秀一に会わせろ。それなら信用してやる。」
「ワカリマシタ。ウシロヲ・フリカエッテ・クダサイ」
島崎が後ろを振り返ると、そこに、沙織里と秀一が立っていた。
「本当に、お前達なのか?」
しかし、島崎に問いかけに彼らは答えなかった。
ただ、島崎が触れてみると、彼らはそこに存在していた。体温も感じられた。
「お前達、明日、家族に会いたいのか?」
それに対して、秀一はコクリと頷き、沙織里は島崎を見上げて目で訴えた。
島崎は、しばらく考え込んでいたが、
「だがよう、こんなおかしな話。おれ自身信じられねえ。
 ここから出たら、全て夢だった、と思わんとも限らんぜ。」
「ソレハ・シンパイシナクテモ・ダイジョウブ・デス
 アナタガ・ワタシタチト・アッタコトノ・アカシヲ・ノコシマショウ
 ソレハ・フタリノ・カゾクニ・ココデアッタコトヲ・セツメイスルノニ・キット・タスケニナリマス」
そういい終わると、影は、低くうなりを上げ始めた。そのうなりは、隣からまた隣の影へと伝播し、島崎は思わず耳を塞いだ。
そのとき、周りを囲っていた世界が破れて、また夜の闇が戻ってきた。

刻印

「島さん、コーヒーです。」
島崎は、太田が入れたコーヒーを一口すすって、苦そうに顔をしかめた。
「相変わらず、お前のコーヒーは苦えなあ。」
「島さん、しっかりしてくださいよ。どうして、あんな路地裏で眠り込んでいたんですか。」
島崎は、署からそう遠くない路地裏に身を横たえ、すっかり眠り込んでいるところを、警ら中の警官に発見された。そして、警官に起こされ、たまたま署にいた太田に引き渡されたのだった。
「いやあ、このところの疲れがでたんだろうぜ。まったく、みっともねえ。だがよう、おかしな夢を見たんだ。
 なんか、異次元のようなところに連れ込まれて、吉良沙織里と仁美秀一に会ったんだ。」
「へえ、島さんにもそんなファンタジーな一面があるとは驚きですね。」
「からかうない。」と言って、島崎は自分の手のひらに刻まれた刻印に眼を止めた。
「あれ、なんだ、このマークみたいなもんは?」
「えっ、僕にもちょっと見せてください。へえ。変ってますね。」
と、太田が刻印に触れた瞬間、刻印から強い光が出て、手のひらの上に、沙織里と秀一のビジョンが投影された。
「うわっ」そういって、島崎はのけぞり、太田は飛びずさった。
「島さん、これは何ですか。って言うか、科学お宅の僕でも、こんなもの見たことがありません。
 ホログラムが出る刺青なんて、今の技術では無理ですよ。」
「ちょっと待て、思い出して来たぞ。いいか、太田、今から話すことを真面目に聴くんだぞ。」
島崎は、自分が異世界で見聞きしたことを太田に話をした。
聞きながら、太田の顔はどんどん険しくなっていく。
「島さん、どう言ったらよいか・・・。」
「どうせ、俺が気がふれたとでも思っていやがるんだろうが。」
「言いたくはないんですが、そうとでも思わないと、こっちがおかしくなります。」
「待てよ・・・。」
そう呟いて島崎は、試すように手のひらの刻印を押したり、ひっくり返したりし始めた。
「島さん、使い方が分かるんですか?」
「さあな、俺にもハッキリしないが、頭にこうすればこうなるって擦り込まれている気がするんだ。」
そう言って、島崎は指先を下にして手のひらを外に向けた。
すると、手のひらの刻印からビジョンが投影され、等身大の沙織里が現われた。その姿は、沙織里が最後に目撃された服装や髪型と一致していた。
「おい、触ってみな。」
促されて、太田はこわごわと沙織里のビジョンに触れてみた。
すると、その沙織里は実体化していた。質感も、重みも、そして体温すら持っていた。ただ、それは沙織里のコピーだった。
「なあ、これをどう説明する?少なくとも、俺は常識を遥かに超えた化けもんに魅入られちまった、ってことだ。」
「ですが・・・。僕には何もできることはありません・・・。」
「そうよ、そんなこたあ、先刻承知よ。それにな、2人で動いたら目だってしょうがねえ。」
「上には報告しないんですか?」
「馬鹿!そんなことしたらどうなる。良くて精神病院、悪くすりゃ生態標本にされちまわあ。」
「じゃあ、一人で何もかも片をつけるつもりですか?」
「しょうがねえだろうな。それでな、俺は今から一人で動く。だから、周りに不審に思われないように口裏を合わせて欲しいんだ。」
「分かりました。それくらいなら・・・。それで、これからどうするんですか?」
「夜が明けると同時に、沙織里の両親んとこと、秀一の母親んとこに出向いて説得をするつもりだ。」
「あの2人のためにそこまでするんですね。」
「ああ、俺はたった一人信用できる大人だって言いやがったしな。」

吉良夫妻

島崎が吉良夫妻のところに出向いたのは、少し昼を回ったころだった。
朝からずっと連絡を続けて、昼近くなってやっと吉良夫妻との連絡が取れたのだった。
「刑事さん、ずっと電話が取れなくて申し訳ありません。少し家内がまいっておりまして。傍を離れられなかったもので。」
吉良丈輔が玄関先で応対をした。
「いえ、こちらこそ、突然申し訳ありません。」
「今日は、他の捜査員の方はご一緒ではないのですか?」
「実は、私一人で来ました。」
「沙織里のことで情報があったと伺いましたが。」
「はい、娘さんの無事が確認できました。」
「えっ、そうなのですか。今・・・娘はどこにいるんですか?」
「それが、すこし状況が込みいってまして・・・できれば、奥でお話をしたいのですが。」
「あっ、気がつきませんで申し訳ありません。何もお構いできませんが、どうぞお入りください。」

島崎は吉良邸のリビングへと通され、赤いソファーに腰を降ろした。
「いや、奥さん、いつぞやは乱暴なことを言って済みませんでした。」
丈輔の隣で妻の雅子が夫に寄りかかっていた。そして、島崎のその言葉には答えずに、弱々しく笑って、軽く会釈を返した。
鬼母とまで言われた雅子であったが、さすがに罪の意識に責め苛まれているようだった。
「なあ、雅子、刑事さんがな、沙織里は無事だって言うんだ。」
その言葉を聞くと、雅子は息を呑んで大きく眼を見開いた。
そして身を乗り出して「どこですか?いつ会えるんですか?」を何回も繰り返した。
「まあ、お2人とも落ち着いて聞いてください。これはかなり荒唐無稽な話なんです。しかし、この私を信用していただかなくては、娘さんは戻っては来ません。」
「どういうことですか?」妻の雅子をなだめながら、丈輔が応じた。
「うむ・・」低く唸って、島崎は「まず、これを見てください。」と言って、太田に見せたのと同じ沙織里の等身大のビジョンを手のひらの刻印から投影した。
すると、いきなり実体化した沙織里に雅子がしがみついた。
「沙織里、ごめんね、ごめんね」
「刑事さん、こ、これは、沙織里はどこから現われたんですか?」
「お2人とも、申し訳ありません。これは沙織里さんではありません。本物の沙織里さんの実体は全く別なところにいます。そう、コピーなんです。」
「そ、そんな、馬鹿なことがあってたまるか!沙織里はどうしてしまったんですか!」
「まあ、無理ありませんが、もう少し落ち着いてもらえませんか?」
「落ちてけってそんな・・・。」
「なぜ、私が一人で来なければならなかったか?お分かりいただけませんか。私たちの想像を超えたことが起きているのですよ。
 いいですか。こんなことが今の技術で可能だと思いますか?」
「じゃあ、沙織里は宇宙人にでもさらわれたと言うのですか?」
「ある意味そうです。そして、ここからが肝心な話です。彼らが何者かは別にしても、常識が通じない相手と沙織里さんが一緒にいることは間違いないんです。そして、彼らは今夜、沙織里さんを返すと言っている。」
「ああ」と、雅子は小さく叫び声をあげた。
「ですが、あなた方の元に帰るかどうかは、娘さん自身が決めるのだそうです。」
「そんな6歳の子供が何を決めると言うのですか?」
「いいにくいのですがね。彼らは娘さんのことを保護したと言っているのですよ。そのまま放っておいたら自殺したかもしれないともね。つまりです・・・そこまで追い詰めたのは・・・あなた方と言うことになる。」
「ああああああぁぁ」と雅子が叫びを上げて泣き崩れた。
「ちょっと、刑事さん、これ以上家内を追いつめるのはやめてください。」ほとんど悲鳴のように丈輔が声を発した。
島崎は、しばらく言葉を控えて2人を見守っていたが、やがて言葉をついだ。
「どのみち、あなた方が会いに行かなければ、娘さんは二度と戻りません。そうしたら、沙織里さんは彼らと遠くへ行くことになる。」
「行きます、行くに決まっているじゃない。」雅子は打って変わったように気丈に答えた。
「わかりました。場所は、町はずれの工場跡の空き地です。国道を真っ直ぐ南に走っていってください。そして、時間は今夜の0時。 10分前に待ち合わせましょう。」
「警察の協力は得られないのですか?」
「こんな常識はずれな状況に、今の警察は対応できません。ですから、私一人で動くと決めたのです。私を信用してくれと言っても難しいでしょうが、他に選択肢がないのです。」
「刑事さん、わかりました。できる限り協力をしましょう。」

美都子

島崎はイライラしていた。
もう、夜の10時を回っている。なんとか仁美秀一の母、美都子と連絡をついたものの、待ち合わせの時間にもう30分も遅れている。
(くそっ、このままでは、秀一との約束が果たせなくなっちまう・・・。)
と、その時、客の入店を告げる喫茶店のベルがカランカランと音を立てた。
「ごめえん、刑事さん。待ったあ?」
(酒くせえ、酔ってやがるのか?こんな時にいい気なもんだ。)
美都子は、島崎の向かいに腰を降ろすと、短いスカートからのぞいている足をこれみよがしに組んでみせた。
(まったく、女ってやつは。ここ一番での自分の武器ってもんを心得てやがる。ちっとばかし、厄介な相手だな。)
だが、このような場所で、吉良夫妻の前で見せたような手段は使えなかった。
(とにかく、言いくるめて、町外れまで連れ出すしかないようだ。)
「仁美さん、単刀直入に言います。秀一君が見つかりました。」
一瞬、美都子はピクッと眉を動かしたように見えた。
「それで・・・私にどうして欲しいの?」
「保護者はあなたですから、彼を引き取って欲しいのですよ。」
美都子は、バッグからタバコを取り出して、口にくわえると火をつけた。そして、タバコの煙を肺一杯に吸い込んで、プーッと天に向かって吐き出した。
「しょうがないわね。せっかく厄介払いできたと思ったのに。
で、今から警察に行けばいいの?」
「それがですね。すこし事情が込みいってまして。秀一君の方から、場所と時間を指定してきたのです。」
「なによ。それプチ家出ってこと?あたしに世話をかけたくて、ここまで来ないと帰らないぞ、と駄々をこねてるってこと?」
「まあ、少し違いますが、会いに行って貰えませんか?」
「嫌あよ、せっかくお店を抜けてきて、何を言うかと思えば、馬鹿息子を迎えに行けって?
 そんなの、あんたたち警察でしょ。ふざけんな!って、ひっぱたいて家まで連れて来ればいいのよ。」
(やはり、そう来たか。これじゃ、秀一が世を儚むのも無理はねえ。)
「お母さん、実は、秀一君は少しややこしい連中と関わっていまして。なんというんですか、そう人権団体。彼らが秀一君のことを返さないって主張しているんですよ。
それでね、返すなら、お母さんが本当に秀一君のことを大切に思っている証拠を見せて欲しいと言っているんですよ。」
「それで、わざわざ、指定された場所に来いっていうわけ?
そんなの勝手にすれば。あたしは行かないわよ。」
「ひょっとすると、もう2度と会えなくなるかも知れませんよ。」
「だから、いいって言ってるでしょ!」
美都子は腹立たしげにタバコを乱暴に灰皿に押し付けて火を消した。
「ですがねえ、だったらどうして秀一君を手放さなかったんですか?
あなたのような女性には、息子さんは重荷になるはずだ。」
「それは・・・。」
「例えば、昔好きだった男性の面影に似ているから、とかですか?
そこまで無理して産んだんだ。きっとそれなりの理由はあるでしょう。」
「そんなんじゃないわ・・・。」
「愛情ってもんは、厄介なもんです。
だから、そんなに焦って答えをだす必要はない。
でも、秀一君が行っちまったら、それを確かめるチャンスすらなくなるんですぜ。
しかも、これは彼の希望でもあります。我々としてもなんとかその思いに答えてたりたいんです。」
「わかった・・・。」
「えっ?」
「わかったって言ってるの!何度も言わせないでよ。で、いつなの。」
「今日の深夜0時です。もう、あまり時間もない。このまま同行いただけますか?」

約束の場所

「家で着替えてから出掛けたい」という美都子の希望で、一度彼女の家に寄ってから、島崎は一緒に待ち合わせの場所に向かった。
工場の跡地に車をとめると、島崎は時間を見た。午後11時40分。20分前だ。
すでに、吉良夫妻は到着していた。
「ちょっと、なんなのよ。ここは。こんなところに呼び出して、本当にまともな連中なんでしょうねえ?」
「さあ、それは俺にもちょっと。」
「はあ?あんたを信用してここまで来たのよ。変なことになったら警察を訴えてやるから。」
と、その時、美都子はめざとく吉良夫妻を見つけた。
「あっ、あいつら・・・。ちょっと、どういうことよ!」
「実は、さっきは言わなかったが、沙織里さんのご両親もここで娘さんと会うことになっているんですよ。」
「あきれた。そんな子供を連れ去って歩いているような連中のいう事に警察が振り回されているようじゃ、世も末ね。」
「まあ、彼らに言わせれば、子供達を保護してやってるそうなんですがね。
それより、吉良さんとこと問題を起こさないでくださいよ。」
「わかってるわよ。」
島崎は、吉良夫妻と軽く挨拶を交わした。彼らも島崎に会釈で返したが、美都子を認めると、驚いたように眼をそらした。美都子も、わざとらしく、プイと顔を背けた。
(あと10分か。)
美都子はいらだたしそうにタバコに火をつけた。
吉良夫妻は、何が起きるか不安でたまらないといった表情を浮かべていた。
無理もない、島崎も、何が一体どうなるのか、まったく想像がつかないのだ。一歩間違うと、あの化けものどもに全員拉致されて異次元にひきずりこまれるかも知れない。
時計は、あと少しで0時を指そうとしていた。
(くそっ、ここまできたらなるようになれだ!腹を据えてかかるしかねえ!)
背中に冷たいものがしたたり落ちるのを感じながら、島崎は秒針が0を指して、午前0時になるのを見つめていた。

その時、急に空き地の真ん中に光の柱が立った。
光に合わせて空気が下から上へと吸い上げられていく。
巨大な光の渦は夜の闇の中に立ち上がり、砂塵をあたりに撒き散らしていた。
「おいっ、眼をやられるぞ。眼をかばえ!」
島崎はそう叫んだ。
しかし、美都子はくわえたタバコを口の端からとりおとし、眼を見開いて目の前の光景にあっけに取られていた。
吉良夫妻は、お互いをかばってしゃがみこんでいる。
(くそっ、聞いてねえぞ。こんなに派手にやりやがって、後から騒ぎにでもなった日には俺のこれまでの苦労もみんな水の泡だ。)
やがて、渦の回転は止まり、後には光の柱だけが残った。
島崎達は、おずおずと顔を上げて、柱の中を透かして見た。
柱の中には、やはり光の階段がしつらえてある。そして、その階段を登りきったところに明らかに人影が認められた。
「あっ、沙織里い。」雅子が鋭く叫び声をあげた。
その人影は、沙織里と秀一であった。彼らは仲の良い兄弟のように手をつないで立っていた。
そして、沙織里が秀一に対してニッコリと微笑みかけると、秀一もまた笑顔を返した。
沙織里は秀一とつないでいた手を離して、バイバイするように、その手を振った。秀一はすこし寂しそうな顔をしたが、やはりバイバイで返した。
そうして、一段また一段、沙織里は階段を降り始めた。
その様子を、吉良夫妻と美都子は固唾を飲んで見つめていた。
やがて、沙織里は階段を一番下まで降りると、ここまで迎えに来て、というように両手を前に差し出した。
「何をしている。早く迎えに行ってやらねえか。」
島崎に促されて、吉良夫妻は光の柱に向かって、やはり両手を差し出した。すると体が柱に溶けて、2人は中に吸いこまれていった。

その時、放心して見ていた美都子は、急に我に返り、「こら、秀一、何をしているんだい!早く降りてこないか!」と叫んだ。
しかし、秀一はそれに答えず、ニッコリと微笑んで、美都子に向かってバイバイをした。それは、島崎が滅多に出会うことのない穏やかで柔和な笑顔であった。
美都子は、しかし、光の柱に向かって突進をした。しかし、吉良夫妻のように中に入ることはできなかった。柱が彼女を拒絶したのだった。
(そうか、秀一は彼らと一緒に行くと決めたんだな。そして、母親に別れを言うために、ここまで呼んだのか・・・。)
何故か、島崎には秀一の心が分かる気がした。
しかし、美都子は諦めきれないように、柱に何度も頭を打ちつけ、血をにじませながら叫んでいた。
「この恩知らず!母さんを置いていくのか。」
「お願い!戻ってきてよお。母さんを一人にしないでちょうだい。」
この瞬間まで、美都子自身気がつかなかったかも知れない、深い息子に対する愛情が堰を切ってあふれていた。
だが、不憫だが、秀一は決して戻ることはないだろう。
そして、ふいに光の柱はまた渦を巻き始めた。
島崎は、必死で美都子をその渦から引き離した。
そして、ますます光は強さを増し、とても見てはいられなくなった時、不意にその光は彼方に飛び去った。
その光の柱のあった中心には、堅く抱き合った沙織里と両親が残されていた。

(行っちまったか・・・。さて、この後始末どうするかな。)
急に行方不明の沙織里が現われたのだ。その辻褄をどうあわせるか、島崎は気が重かった。
それより、美都子のことだ。
美都子は、さっきっから「ううぅ」と突っ伏したままで泣いてる。
さて、今はおとなしくしているが、このままでは済むまい。
まず、今夜はとことこんまで、夜泣き酒に付き合ってやらねばならないようだ。
その上で、よく噛んで含めるしかないだろう。
(だが・・・)と島崎は思う。
美都子もこれで秀一から自由になったのだ。まだ、40だ。これから自分の人生を生きれば良いと。

気がつくと、沙織里の父親の丈輔は立ち上がってこちらを見ていた。
雅子は、沙織里を抱きしめて嗚咽を漏らしている。
「刑事さん・・・」丈輔の声に、島崎は「ああ」とだけ答えた。
そして、力を込めてこう言った。
「いいか、その手をもう2度と離すんじゃねえぞ」

(おわり)