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24.隠れ家 #1【事件】

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

あらすじ・・・

この話は、幼い少女の失踪事件から始まります。警察は、異例の捜査体制をひいて早期解決をめざしますが、少女の行方はようとして知れません。その中、専従捜査を命じられた老刑事島崎と若手の太田は、少女と、事件との関連を疑われる青年の周辺を洗います。そして、そこから浮かび上がって来たのは、事件まで彼らがおかれていた痛ましい家庭環境でした。

この作品は・・・

子どもの連れさり、そして暴行、殺害事件。自分で満足に判断できない相手を、大人の暴力に巻き込んだ許されない犯罪。
しかし、その背景を追っていくと被害者の置かれていた悲しい環境が浮かび上がってきます。子どもは親を選べない、ただ忍従するしかない。その中、自殺を選ぶ子どももいる。でも、本当は死にたいなどとは思っていないのです。ただ、ほんの少し厳しい現実から身を隠せる場所さえあれば。
そんな2つの思いが混ざり合って形になりました。

事件

閑静な住宅街の片隅で少女が消えた。
少女が消息を絶って一週間、両親の希望により警察は公開捜査に踏み切った。
その日、島崎は少女の捜査本部に招集された。
「異例のことだ。」
島崎は捜査本部に招集された捜査員の人数の多さに驚いていた。
管内から50名は投入されているだろう。行方不明者一人の捜査にしては、おおがかり過ぎる。
本部長には、県警の長田警視正が任命されていた。
そして、多くの捜査員を前に、長田は事件の概要を説明し始めた。
「事件の概要を、私県警の長田から説明いたします。
行方不明者は、吉良沙織里さん、6歳。小学一年生です。」
「沙織里さんは、午後5時に友達の家を出て、その2時間後に家の近くの公園に一人でいるところを目撃されています。ところが、その後行方不明となり、この間専従捜査員を投入して捜索を行ってきましたが、今のところ足取りは全くつかめておりません。」
「現在までの進展は以上ですが、捜査本部としては、事件と事故の両面を視野に入れて捜査を行っています。
 事故の線では、地元の消防の協力を仰ぎ、最後に目撃された公園の近辺をくまなく捜索しております。
 また、事件の線では、連れ去りの可能性を考慮して、周辺県の県警にも協力を要請し、捜索範囲を拡大しております。
 今回、公開捜査に踏み切ったことにより、マスコミにも協力を要請し、沙織里さんの目撃情報や、不審者情報の提供をテレビや新聞で呼びかけます。」
おりしも最前列から質問の声が上がった。
「本部長、少しよろしいですか。
 現在のところ、連れ去り当日の不審者の目撃情報はあがっておらんのですか?」
「実はそのことについて、近所の男性がこの一週間行方知れずになっているという情報があります。
 名前は、仁美秀一、22歳、無職。
 母親と2人暮らしです。
 我々は、この男性と沙織里さんの失踪の関連も視野に入れております。
 現在、この男性の捜索願いは出されておりませんが、母親がなんらかの情報を持っているのではないかと見ております。」
「ついては、捜査本部を3班に分けます。
 第一班は、他県の県警と協力して県外の目撃情報を収集します。
 第二班は、消防と一緒に周辺の捜索に当ります。
 第三班は、沙織里さんと仁美氏の周辺の聞き込みをお願いします。
その陣頭指揮は、北居警部、乙川警部、本村警部補がそれぞれ当ります。」

老刑事

島崎が配属されたのは、本村警部補の第三班だった。
そして、聞き込みから署に戻った彼は、自分にあてがわれたパソコンの前で毒づいていた。
「こらっ、ちゃんと動きやがれ、このポンコツが。」
思わず、拳を振り上げかかった島崎を、後輩の太田が止めに入った。
「ちょっと、島さん。ブラウン管時代のテレビじゃないんですから、叩いても動きませんよ。
 ほら、こうやって、マウスでここをクリックするんです。ちゃんとやればできるじゃありませんか。」
「ちぇっ、この年になってこんなおもちゃをいじくることになるとはね。」
「いつの時代の人ですか。いい加減慣れてくださいよ。」
若手になだめられて、島崎はバツが悪そうな顔をした。

「どうですか。島さん。そっちは何か進展ありました?」
「うん、なんとも言えんな。仁美秀一の母親は知らぬ、存ぜぬ、私は関係ないの一点張りでな。」
「どんな女なんですか。」
「それがな、事前に資料に眼を通してはいたが、実際あってみて驚いたぜ。これが結構いい女なんだ。年もまだ40だぜ。」
「へえ、じゃあ。秀一は18歳のときの子供ってことですか。」
「そういうことになるな。父親は当時つきあっていた大学生らしい。無理して子供を生んだはいいが、相手の男はすっかり怖気づいて逃げ出したそうだ。もちろん籍も入れていなかったから、ずっとそれから母一人子一人よ。」
「そんな、たかだか18で、しかも子供も抱えてどうやって生きてきたんですか。」
「まあ。最初は親のところに転がり込んだらしいんだがね。でも、もともとあまり仲のいい親子じゃなかったらしくて、ついには大喧嘩して子供ともども親元をおん出たそうだ。
 そのころは、秀一も2歳になっていたしな。知り合いや託児所に預けて、夜の商売で食いつないでいたんだ。見た目はいい女だしな、いい客もついてどこでも売れっ子だったらしい。
 ただ、顔はきれいでも性格に難があってな、人の客を取ったとか取らないとかで、すぐ他の女ともめて何回も店を変わったそうだ。店をおん出ては馴染みの男をくわえ込んだり、また縁が切れると他の店に行ったりで、まあ、いわゆる毒婦ってやつだ。」
「よくある話ですが、よく秀一を手放しませんでしたね。施設に預けるなりして、身軽になった方が、水商売では何かと都合が良かったんではないですか。」
「うん、それは俺も腑に落ちないところなんだがな。ただ、秀一をそこまで溺愛していたわけでもないようでな。託児所に何日も連絡せずにほったらかしにしたり、かと思うと何日も学校を休ませてずっとベタベタしていたり、で。要はつかず離れずと言えば聞こえは いいが、親の気が向いた時だけ餌をもらえる愛玩動物のようなもんだ。」

「そうまでして生んでおきながらひどい話ですね。」
「ああ、そんなことをして秀一がおかしくならないはずがないさ。中学まではそれでも普通に学校に通っていたらしいが、中学卒業間近の時に急に不登校になってな。それから、学校には一度も通っていないらしい。しかもだぜ、中学を卒業したら有名な進学校に進む予定だったそうだ。」
「へえ、意外に母親は教育熱心だったんですね。」
「自分は好き勝手している割りに勉強には厳しかったんだな。なんていうか、子供に身勝手な夢を押し付けている母親ってわけさ。」
「それで、あとはお決まりのひきこもりってパターンですか。」
「母親は、秀一のことをお荷物とか、化けもんとか言ってたぜ。せっかく、生んで育ててやったのに私に寄生しやがって、ってな。同じ家に暮らしていてもろくに口も聞かなかったから、しばらくは秀一がいなくなっていても知らなかったそうだ。それが、しばらくたっても生活費を寄こせって言いにこないから、おかしいとは思っていたんだが、それはそれで、むしろ厄介払いができて丁度いいって考えていたっていうんだから、ひどい母親もあったもんだろ。」
「でも、秀一が引きこもりだっていうだけでは事件と結びつけるのは無理がありませんかね。」
「ああ、ただ失踪した時期が悪い。秀一が最後に目撃された日が丁度、子供が行方不明になった日と同じなんだ。それにな、秀一は唯一子供達には心を許していたようでな。たまに、公園で小学生たちと一緒に遊んでいるところを近所の住民が見ている。だが、近所の引きこもりの男が小学生と遊んでいる姿はどう見ても不自然だ。それで、気味悪がる親もいたらしい。」
「なるほど、でも、島さんはどう考えているんですか?」
「俺か。そうだな、秀一が子供を連れ去ったというのは話の通りは良いんだが、俺には無理があるように思える。第一に、免許も車も持っていない秀一が、目立たずに子供を県外まで連れ出すのは無理だろう。この近辺に潜んでいるにしても、金も持たず、家以外に行き場所もない秀一に隠れる場所はないはずだ。」
「いよいよもって困りましたね。」
「それで、お前の方はどうなんだ。」

「僕は、もうこの事件に一週間以上張り付いていますからね。でも、ダメです。全く手詰まりです。」
「それでもなんかでないのか?」
「沙織里さんの周辺をずっと聞き込んでいましたが、彼女は昔で言うところのカギっこなんですよ。両親が共働きで、しかも父親は大手企業の研究員、母親はフランチャイズチェーン始めての女性管理職とかで、夜の9時前に家に帰ることはまずないそうです。その間、沙織里さんはずっと自宅で一人で過ごしているんです。」
「食事とかどうしていたんだ?」
「最近は便利な宅配サービスとかありますからね。夜の6時になると、業者が決まって夕食の弁当を届けに来るんですよ。それで、その業者に聞いたところ、6時に届けに行っても誰も自宅にいないことがよくあったそうなんです。」
「つまり、その頃まで、小学一年の子供が外を出歩いているってことか?その弁当の業者も親に注意とかしなかったのか?」
「実は、その業者は弁当を届けるとともに、宅配先の安否確認をするという契約になっているんですよ。ところが、弁当を1個届けても100円くらいにしかならないらしくて、そこまで正直にやっているととても食べてはいけないので安否確認は有名無実化しているそうです。
 それに、どこまで家族のことに踏み込んで良いかが難しいらしくて、たとえおかしいなと気づいても殆ど注意とか報告とかないらしいです。」
「それにしても、幼い子供を家に一人で置いておける親ってのは俺にはとても理解できねえな。」
「沙織里さんも一人ぼっちは心細かったと思いますよ。それで、学校から帰ったら、すぐに友達の家に遊びにいっていたそうです。でも、なかなか家に帰りたがらないので、親たちの間でも有名だったんですよ。事情がわかっている親は、不憫に思って7時や8時まで居させることもあったそうですが、その時間にまさか一人で帰すわけにもいかず、家まで送り届けるのが結構負担になっていたそうです。」
「子供心にも迷惑になっているかくらいは分別できていたろうになあ。」
「その日も、友達の家に遊びに行ったんですけど、友達の家では夕方から出掛ける用事があって、あまり長くいられると困るからって、理由をつけて早く帰ってもらったんです。
その後、沙織里さんは、最後に目撃された公園に行き、そこにいた友達と遊んでいたのですが、友達が全員帰っても一人残って遊んでいたそうです。
そして、夕方7時を最後に彼女は消息を絶っています。」
「そうか。まったく嫌な事件だな。」
「大丈夫です、必ず見つかりますよ。いや、見つけましょうよ。」
「ああ、そうだよな。」
「ところで、島さんはこれからどうするんですか。」
「明日な、もう一度、秀一の周りをさらえてみたいんだ。まず、近所の聞き込みをして、その後秀一の母親に会いにいくつもりだ。」

扇動

翌日、仁美秀一の周辺を聞きこみしている島崎の携帯に太田から連絡があった。
「島さん、今どこですか。」
「ああ、昨日言ったとおり、仁美秀一の近辺を聞きまわっているところだ。」
「良かった。ちょっと、仁美秀一の家まで来てもらえないですか。」
「なんか、あったのか。」
「それが、秀一の母親のところへ、沙織里さんの両親が来ているんですよ。」
「ああん、何が起こっているんだ。秀一のことはマスコミにも知らせていなかっただろう。」
「ですけど。我々とは別にこの辺を聞き込んだ人間がいるらしいんです。
それで、秀一のことを突き止めたようで。」
「くそっ、うかつだったぜ。で、そいつが両親にリークしやがったってわけか。」
「それだけじゃなくて、ネットには秀一を犯人扱いした書き込みまでしてあって、犯人の母親と被害者の両親が直接対決するっていうんで、野次馬が集まってきているんですよ。」
「やつらあおってやがるな。面白おかしくするためにそこまでするのか。」
「今、応援を要請していますが、時間がかかるらしいんです。僕だけでは手が足りません。すぐに来てください。」
「わかった。待ってろ。」

島崎が現地に駆けつけたとき、仁美秀一の母親が入居しているアパートの前には大勢の野次馬が集まっていた。そして、その輪の中心に秀一の母親の仁美美都子と、沙織里の父親の吉良丈輔と母親の雅子が睨み合っていた。
「あっ、島崎さん、仁美さんと吉良さんたちをお願いします。」
そう声をかけてきた太田は野次馬の対応で精一杯で、他のことに手が回らないようだ。
男である吉良丈輔は気を飲まれて、心なしかオロオロしているように見えた。
むしろ、頭に血が上っているのは、女性の仁美美都子と吉良雅子の方であった。
(まるで、毛を逆立てたメス猫のケンカだな)
頭の端で島崎は目の前の光景をそのように感じていた。
おそらく人目があったので、沙織里の両親も最初は決め付けるような言い方は避けていたに違いない。しかし、言葉を交わすうち、女同士がヒートアップして、男のほうが置いてけぼりをくった図に見える。
「だから、何なのよ。うちの子が犯人だっていう証拠があるなら出してみなさいよ!」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。何か知っていることがあれば教えて欲しいって言ってるだけじゃない。」
「どうして、私がそんなこと知らなきゃならないのよ。どこか他を当りなさいよ。」
「ねえ、ちょっと、あなた。本当は自分の子供がどんなことをしているか全く知らなかったんじゃないの。聞いたわよ。あなたの息子、引きこもりだったんですって。しかも、それを、ずっとほったらかしにして。どこで何をしていても、知らぬ存ぜぬなわけ。ふざけんるんじゃないわよ。」
「そんな22にもなった息子のすることなんか一々責任持てるわけないでしょ。なんだったら、私に何の罪が有るか言ってみなさいよ。」
「ほうら、やっぱり認めてるんじゃない。自分の息子は犯罪者ですって。」
「誰もそんなこと言っていないわ。それに、あんたたちこそなによ。ネグレクトだって言うじゃない。いつもはほったらかしにして、ちょっと行方不明になって外聞が悪くなった途端大騒ぎして。そうね、きっとあんた達に絶望して、どこかで自殺でもしてるんじゃない。」
「言っていいことと悪いことがあるわ。このアバズレめ。」
「あんたこと鬼母じゃない。」
聴くに耐えない応酬が繰り返され、2人が二匹の夜叉の如く掴みかかろうとした時、そこへ島崎が割って入った。
「いい加減にしろ。あんたらの子供が行方不明になっているんだぞ。子供達に申し訳ないと思わんのか。」
島崎が放った怒気に一瞬2人がひるんだ。
そして、島崎は野次馬の方に向くと、
「いいか、よく聞け。裏でちょろちょろ動いて面白がっている糞虫ども。もし、こんなことで死人でも出たら俺は決して貴様らをただじゃおかねえ。一人残らず探し出して八つ裂きにしてやるから覚悟しておけ。
 それから、てめえらも、てめえらだ!糞虫どもに踊らされてるんじゃねえ。恥を知れ、さっさと散りやがれ。」
その時、一瞬野次馬の輪が後ずさった。
島崎は、2人の母親に向き直ると、
「いいか、これは子供達のことじゃねえ。あんたらの起こした事件なんだ。それを人様の所為にしてる暇があったら、少しは捜査に協力しろ。
 あんたも父親だろ、こういうときにあんたがしっかりしなくてどうすんだ。」
父親の吉良丈輔は、島崎に促されて、雅子の肩を抱いて現場を後にしていった。

巨大な影

「島崎さん、現場を収めてくれたのはいいが、少しは考えてくれませんか。」
その後、島崎は、苦虫を噛み潰した様な警部補の本村の前で、さらにもっと苦虫を噛み潰した顔をしていた。
「島崎さん、あなたはこの道で30年近く飯を食っているベテランだ。その経歴には敬意を払っても、ちょっと物言いが過ぎやしませんか。一般市民に向かって『糞虫』だなんて。マスコミに書かれでもしたら大事でしたよ。幸い非常時だということで、この手の報道は自重して貰っていますが、ネットでの拡散までは抑え切れませんよ。」
「いや、警部補、俺は野次馬どもに言ったわけじゃありません。あそこであおっていた奴らに言ったんです。」
「にしてもです。『八つ裂きにする』などと言うのは公僕にあるまじき発言です。始末書の提出をしてください。」
「へい、申し訳ありませんでしたあ。」
島崎は仏頂面で答えた。

「やれやれ、どいつもこいつも現場ってもんを分かってやがらねえ。」
署を出た島崎は気分悪そうに毒づいた。
「子供が行方不明になっているんだ。だから、捜査本部に人間を投入して早く解決しようとしているんじゃねえのか?
それとも、マスコミ対策のパフォーマンスだとでも言うのか。」
外はすっかり暮れていた。角を回るといつも見慣れた高層ビルの赤いライトが眼に飛び込んでくる。
ただ、島崎が、今日その光景を眼にした途端にギョッとした。
何故かはわからない。
しかし、背の高いビルのシルエットから、遥か上空に向かって影が伸びているように見えて仕方がないのだ。人の形にも見える。
(馬鹿な、何かの見間違いだろ。)
島崎は自嘲したが、よく見ると影の頭と思しきところに、薄い光が集まっており、眼や口のように見えなくもない。
そう思うとますますそう見えてくる。
(俺だけだよな・・・。)
周りがそれに気づいている様子は全くない。
(やれやれ、心を病んじまったのか・・・。)
薄ら寒い思いを感じながら、眼を凝らして見ると、心なしか自分に語りかけているようにも思える。
「シ・マ・ザ・キ・・・」
そんな声が耳の底で聞こえた気がした。
(今度は幻聴かよ。)
「シ・マ・ザ・キ・・・」
いや幻聴じゃではない、何かが語りかけてきている。
島崎は、目の前に聳え立った巨大な影の前に立ちすくんでしまった。

(隠れ家#2に続く)