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23.彼方からの伝言 #5【再会】

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

ステーション

「既視未来?」
初めて聞く言葉だったのだろう。
弟は、その単語を噛むように繰り返した。
「はい。タイムトラベルすることは、私たちにとって未来の出来事です。そして、過去に戻られたお客様がどんな行動をされるかも予測できません。ですから、過去へどんな干渉が行われるかは、全くの未知です。
しかし、私たちの中には、その未知の過去が、今時点で既に経験済みの出来事として記憶されています。つまり、これから起きる未来の出来事を、過去の出来事として体験済みなので、既視未来と言います。」
さすがに、これにはついていけず、私は音をあげた。
「はあ、よく分かりませんが、過去に戻ることが可能で、しかも全く危険も問題もないと言うことでしょ。」
「失礼しました。つい不親切な説明をしました。」
その真島さんの詫びに対して、弟は笑顔で「いいえ、とても勉強になりました。」と返答を返した。

「では、これから過去に戻るための手順についてご説明します。」
少し真顔になって真島さんは説明を始めた。
「まず、戻る年月日時を確定します。中には、正確に、タイムトラベルを行う日時までお教えくださるお客様もおられますが、実はあまりお勧めしておりません。」
「と、言いますと。」
これから先は、弟に変わって、実際にタイムトラベルを行う私がやり取りする番だ。
「はい、タイムトラベルと言っても、過去に止まれる時間は5分ほどです。その間だけ、お客様のビジョンを通じて過去に干渉することができます。ところが、何十年も前になるとお客様の記憶違いも結構多いのです。何時間、いや何分と言う単位でズレているだけで、お客様が希望される、まさにその瞬間へのタイムトラベルは叶いません。」
「確かに、おぼろに18年前の夏の夕方としか覚えていませんが、大丈夫でしょうか。」
「はい、それでお客様にご利用いただくのが、メモリアル・スキャナーと言う装置です。
これで、お客様の脳内の記憶にアクセスして、その時に会話された言葉や、強く心に残った印象をテキストとして抽出します。そして、お客様から伺った情報とマッチングさせて、まさにその時を割り出します。
何か、その時の手がかりになる言葉はありますか?」
真島さんの質問に対して、私は「光るお母さん」と「いつかお母さんのことを許してね」と言う二つの単語を伝えた。
真島さんは、満足そうに二つの単語をメモすると、そのまま説明を続け、最後に私たちの意思を確認した。
「以上が、私どもがご提供するサービスの内容です。ご納得いただけましたでしょうか。」
「はい。よく分かりました。」
私は頷きながら返答した。
「では、このまま契約を進めさせていただいてもよろしいですか?」
真島さんの確認に、私は弟と視線を交わし、お互い異存がないことを確かめた。
「はい、よろしくお願いします。」
「分かりました。では、手続きについてご説明します。まず、こちらがタイムトラベルにかかる費用です。」
そう言って真島さんは、パンフレットを私の目の前に広げ、価格に関する箇所を指し示した。
その金額は税込みで53万円、真島さんの説明によれば実際のタイムトラベルの時間は5分程度だから、大雑把に言えば1分間10万円。
分あたりで言えば、今流行りの宇宙旅行も顔負けの金額だ。
「何分、タイムトラベルの時間は5分ほどですし、それに対して発生する料金は正直割高に思われても当然です。
また、タイムトラベルという、少し前までは実現性が疑われた技術によるサービスですので、後で行き違いのないよう、ご利用前に意思確認をいただくことになっています。」
「分かりました。」
私は、まっすぐ真島さんの目を見て言った。
5分間のタイムトラベルにかかる53万円は、母から北里弁護士が私たち姉弟に届けてくれたお金を使わせて貰うことにした。そして、足らない分は、私と弟で半分ずつ出しあうことに決めていた。
18年前、あの時の母に会いに行く。
これ以上、このお金に相応しい使い道は無いように思われた。
あの時、あの場所に現れた光る母に会って、そして聞きたい。
あなたは誰ですか?
本当に私たちのお母さんなのですか?
私たちを大切に思っていたのですか?
だから、助けてくれたのですか?
今、現に生きて、私たちを援助しようとしている母とは心の距離があった。記憶の中の、あの日のお母さんこそ会いたい人だった。
だから、あの人に直接会って聞きたい。
ひょっとしたら、私の妄想かも知れなかった。
でも、構わない。
あの日のお母さんと、泉本百合という人。
同じ人なら、素直に受け入れよう。
もし、私の妄想ならば、母親と言う幻想を吹っ切って生きる。
そう決めていた。
そのために、このお金を使わせて貰うのだ。

「では、契約書に確認のサインをお願いします。」
「はい、分かりました。」
そう言って、私は真島さんの用意した契約書にサインをした。
「では、お支払いはどうされますか?」
「今日用意して来ました。」
かかる費用は事前にネットで把握していた。そして、バッグの中から、53万円の入った封筒を取り出して、真島さんに手渡した。
その封筒を両手で丁寧に受け取った真島さんは、お金を処理するためにしばらく姿を消していた。
そして、カタログと領収証を入れてあると言う分厚い封筒を渡しながら、私たちを隣の部屋へと案内した。
まず、私は真島さんの話にあったメモリアル・スキャナーと言う装置の前に座らされた。
装置と言っても、拍子抜けするくらい簡易なもので、赤いクッションのきいたソファに座らされ、頭全体を覆うディスプレイを被る、それくらいのものだった。
ディスプレイの内部は、ミニシアターになっていて、どこまでも続く緑の草原が映し出されていた。そして、そこを心地の良い風が吹き抜けていく。仮想現実なのに、その心地の良さに誘われて、ついウトウトしてしまった。しかし、夢心地の反対側では、眩しい光が頻りに明滅していた。それで、なんとなく私の記憶を調べているんだなと感じていた。
そして、「はい、終了です」と真島さんに声をかけられて、私は夢心地を破られた。
時間を確かめると、ディスプレイを被ってから、まだ2、3分しか経っていなかった。
「もう、終わりですか?」
余りのあっけなさに、私は真島さんに尋ねずにはおれなかった。
「はい、期間が特定されていたので、時間がかからずに済みました。では、今からマッチングを開始します。」
そう言って彼は画面に向かって、私の告げた単語「光るお母さん」と「いつかお母さんのことを許してね」を入力した。
やがて、満足そうに真島さんは振り返ると、「18年前の8月23日、午後18時34分に、『光るお母さん』と言う単語が現れています。そして、約5分後に、今度は、『お母さんのこと』『許してね』が記憶されています。タイムトラベル・ポイントは、ここで間違いないでしょう。」と告げた。
あの日、私の心に刻まれたあの記憶。
科学技術の進歩が、私の心の映像を白日にさらした。そして、それは痛痒いような不思議な感覚だった。

「では、タイムトラベルの日取りを決めていただきます。」
その日の最後はタイムトラベルの日程の調整だった。それに対して、私と弟が一緒に休みを取れる1週間後を回答した。
それから、1週間、もどかしいような、また怖いような感覚で時間が過ぎていった。
私と弟は、特に話し合うようなことはなかった。おそらく私同様、弟も心の中に自分の思いを封じていたのだろう。
ただ、この間に私は北里弁護士に連絡を入れていた。
母からの50万円は有効に使わせて貰いたいこと。しかし、だからと言って、決して母を受け入れたわけではないこと。
ただ、受け取ったお金については、お礼状を書きたいので、北里弁護士から母に渡して貰いたいこと。
そして、弟に対する援助の申し出に対する回答は、もう少し時間が欲しいこと等を伝えた。

そして1週間が過ぎ、タイムトラベルの日がやって来た。
タイムトラベルの拠点、T・T・Lが言うところの『ステーション』は、街中でよくランドマークになっている目立つ建物の中に存在していた。それは、T・T・Lの親会社である大手電話会社が運営している巨大なデータセンターだった。
何故、そこに『ステーション』が作られているのか、その理由について真島さんはこう説明してくれた。
「タイムトラベルとは、非常に繊細な作業です。もし、その最中に停電等で システムがダウンするようなことになれば、お客様にどんな影響が出るか分かりません。そのため、どんな事態でも安定的に電源が供給される場所である必要があります。
また、その間、通信回線を流れる情報は、お客様のプライバシーに関するデータになります。その秘匿性を確保するためにも、堅牢なセキュリティを保証できる場所が選ばれたのです。」
私達T・T・Lの顧客が入ることができる区画は、データセンターの巨大なサーバールームとは隔離されたエリアに設けられていた。
建物のT・T・Lと書かれた入り口を入ると、そこには真島さんが待っていた。

「さあ『ステーション』の心臓部へどうぞ。」
真島さんが先導して、建物の奥へ奥へと私たち姉弟は進んでいった。
その間、いくつものセキュリティがあり、そこを真島さんの権限で通り抜けて行く。
やがて、たどり着いた一室は、まるでSF映画に出てくる宇宙線の機関室のようだった。
高さ3メートルほどのアーチ型の部屋に、縦横無尽に光が飛び交っていた。そして、その光の源は、チカチカ光る数知れぬほどのメカの集積だった。そして、地鳴りのような低い機械音が部屋全体を満たしていた。
「わあ、流石タイムマシンですね。」
弟が目を輝かして言った。
しかし、いたずらっ子のような表情を浮かべて一言を付け加えた。
「でも、随分前時代的な設定ですね。」
それに、思わず表情を崩して真島さんが応じた。
「いやあ、流石。お見ぬきですね。これらの機械は全て装飾です。ステーションのコアは、データセンター奥深くの仮想空間に存在しています。そして、ここにあるのは、その仮想空間に接続するためのインターフェースだけです。」
そして、真島さんの操作で壁の一部が開き、中からベッド型の機械が現れた。
「ここには、このタイムトラベル用のインターフェースは全部で5機あります。そして、このインターフェースを通じて、お客様の過去へとアクセスをします。
では、藤間様、こちらへお越しください。」
彼に導かれるまま、私はベッド型のインターフェースに横たわった。

再会

「さあ、ゆっくりと呼吸を整えながら、身体の力を抜いて下さい。
私は、タイムトラベルを目の前にして、とても気持ちが高ぶっていた。しかし、このベッドには、何か睡眠の導入を促す装置がしかけられているのか、真島さんの声を聞きながら、だんだんとまぶたが重くなってきた。
夢心地の中で、何か大きな蓋のようなものが身体に覆い被さるのを感じた。
その蓋の裏側は、張り巡らされた回路の光で満たされていた。私の意識は、その光の中、底へ底へと滑り落ちてゆく。

そして、気がつけば私は汽車に乗っていた。
これは夢を見ているの?
周りを見渡しても乗客は私一人だった。しかも、私の着ていた服も、そう、まるで20世紀初頭の貴婦人のような姿に変わっていた。
下に擦りそうなロングスカートに、厚手の生地で作られた上着、そして下にはフリルのついたシャツを着ていた。
「藤間様、ご気分はいかがですか。」
何処からか、真島さんの声がした。
私は、声の出所を探したが、スピーカーらしきものは見つからなかった。
「藤間様、そこはあなたの心の中に投影された仮想世界です。そして私は、今あなたの心に直接話しかけています。」
つまり、今私は夢を見ていると言うこと?
汽車に乗って、たった一人で旅をしている貴婦人の夢。
そして、汽車の窓から見える光景は光の海だった。
何だろう、あの眩しいものたちは。
光の海は、赤や青、オレンジのグラデーションを描いている。
目を凝らして見ると、その光の一つ一つは、無数の星が集まった銀河宇宙だった。
私を乗せた汽車は、無限に続く星の海を走っていく。
やがて、汽車の進む方向に、大きな黒い影が見えてきた。
あっ、ブラックホール?
そう思う間もなく、汽車は黒い大きな口に飛び込んでいき、周りは真っ黒な闇に満たされた。
そして、汽車の窓に私の姿がハッキリと映し出された。

あ、あなたは。
お母さん・・・。
そこに映し出されたのは、18年前、夕闇の中で出会った光るお母さん、その人だった。
羽のついた大きな帽子、目立つボタンの、肩の張り出した洋服にショールを羽織っている。そして、窓に映る顔は、紛れもなく毎朝鏡で見ている私の顔。
でも、あの日のお母さんの顔だった。
私、だったのか・・・。
18年前、私と瀕死の弟を救ったのは、私自身だった。
彼方の時を超え、未来からやってきた自分が、5歳の私を救った。
自分の中で何かがカチリと音を立てて、心の鍵が開いた気がした。
そして、気がつけば、私は涙を流していた。
どうしてだろう。
何も悲しくないのに。
でも、今私がここにいるのは、お母さんから貰ったお金があったから。だから、私は、私自身を救うことができる。
不思議な縁が絡みあっていた。
ならば、私たちを助けたのは、やはり母なのか。
母を振り切って生きてきたはずの私たちが、結局その愛情の中にいる。
口惜しいような、申し訳ないような感情が湧きあがってきて、どうしようもなかった。
私たちは、今更親子を名乗れる間柄にはなれないかも知れない。
でも、弟に対する援助は受けても良いのではないか。それが唯一の親子の絆なのだから。
そして、帰ったら、それを弟の真輝にも伝えようと気持ちを固めていた。
「藤間様、間もなく18年前に到着です。ご準備ください。」
真島さんのアナウンスが聞こえてきた。
前に光が見えてきた。
もうすぐ、トンネルを抜けるのだ。
そして、18年前の私に会いにいく。
彼方からの伝言を伝えるために。

(おわり)