マイ・ノベル・バンク

ここはオリジナル小説の貯蔵庫です。気に入ったらちょっとの間お立ち寄りください。

22.彼方からの伝言 #4【彼方への旅】

f:id:FairWinder:20160304010621j:plain
注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

彼方への旅

私は仕方なくアパートに封筒を持って帰り、弟に今日聞いたことを話した。
弟が医者の道を目指せるよう支援したいと言う母の申し出を伝えた時、彼の表情は複雑だった。
経済的な理由で絶対無理だと思っていた医師への道が急に開けたのだ。お金の出所はともあれ、彼の心が揺れるのも仕方無かったろう。
だが、援助を受けることは、生涯母に負い目を感じることになる。それは、弟の真輝にとって耐え難いことに違いない。
母親のことは、もう関係のない人間として吹っ切って生きていくしか無かったのだ。思い出せば、ずっと弟を蝕んだ恨みの感情が蘇る。
「俺、分かんない。ちょっと考えるわ。」
そう、顔に苦しそうな表情を浮かべて言った。
一方、私の持ち帰った封筒には、
「中身確かめた?開いてみたら?」と興味を示した。
「嫌よ。開けずに、北里さんの事務所を訪ねてそのまま返してくるんだから。」
「でも、中身も見ずに返したら、向こうが受け取り拒否した時に困らない?」
確かにそうだ。
あまり気は進まなかったが、弟の助言に従って封筒にハサミを入れた。封筒は2重になっており、厳重に包装されていた。
中を探ってみると、厚みのある小ぶりの封筒と何かの覚え書きのようなものが入っている。
そして、小ぶりの封筒を取り出して中身をあらためた弟が、ギョッとした顔をした。
「お姉ちゃん、これ全部お金だよ。50万円くらいあるよ。」
「えっ!」
何なの?そんな大金。
当座の役に立てろなんて、要は好きに使えってことでしょ。
とても金銭感覚についていけない。
そこで、すぐに教えて貰っていた北里弁護士の携帯に連絡をした。
「はい、北里です。あ、藤間さん、昼間はお疲れ様でした。」
「あの、北沢さん、困ります。やっぱり、こんな大金受け取れません。返します。」
「と、言われましても、私も言付かっただけですから。返されても、如何ともしようがありません。」
「なら、泉本百合さん、いえ、母に直接返します。」
「ですが、同封した覚え書きを見てくださいよ。」
北里弁護士にそう言われて、封筒に入っていたもう一枚の紙を取り出した。
「いいですか。そのお金は、お母様があなた方に贈与する意思を持って、私どもに預けられたものです。そして、その覚え書きは、間違いが起きないよう、お母様の意思を私どもの弁護士事務所が書面にしたものなのですよ。そこまで、きっちり手続きを踏んでおられるお母様が、返されたお金を受け取ると思いますか?」
「でも、一方的過ぎますよね。」
私は、北里弁護士の抑えつけるような言い方に反抗した。
「私は、まだ母を認めた訳ではありません。」
そして、しばしお互い沈黙が続いた。やがて、その無言の行を破ったのは北里弁護士の方だった。
「別に、お母様はあなた方ご姉弟に許してもらったり、認めて貰おうなんて虫の良いことは思ってはいないでしょう。お母様は、自分のして来たことに向き合おうとされていますから、どう思われるのも覚悟の上でしょうね。でも、手元にいる3人のお子さん同様、あなた方も自分の子供です。片や、惜しみなく愛情を注ぎながら、もう一方の子供たちに全く何もできないことに耐えられないのだと思いますが。」
愛情って、こと?
何を今更。
だが同時に、あの時私たちを見殺しにした母と、私たちを助けに来てくれた光る母が頭の中で交錯した。
今の母の気持ちが本物ならば、あの日の優しくて暖かかった母のイメージと重なる。
ても、あの後、18年も放ったらかしにした非道い母親でもある。私たちがもう自分の力で歩けるようになってから、もう母親を必要としなくなってから、救いの手を差し伸べるだなんて、今更過ぎる。
「あの、もう少し考えさせてください。」
そう言って私は携帯を切った。

「いっそのこと、パーッと無駄遣いしちゃえば?」
弟の真輝がことも無げに言う、
「ちょっと簡単に言わないで。」
「どうしてもくれるって言うんだから貰っておけば。でも、あなたのことは認めた訳じゃない。だから、ツマラナイ使い方をしてガッカリさせてやるんだ。」
「もう!」
そんな単純には割り切れない。
このお金に手をつければ、母親と縁を持つことになる。負い目が生まれる。
まだ、気持ちの整理ができていないのに、母親の思惑に取り込まれたくはない。
「私には分からない。あの人をお母さんと呼んでいいのか、どうか。
一週間、ううん、18年も私たちを放ったらかしにしたんだよ。もう他人と一緒でしょ。それを急にお金を渡したり、助けたいと言ったり、正直気持ちが悪い。
弁護士事務所が間に入ってくれていなければ、どこかの新手の詐欺師かと思うわ。」
その反面、心の隅にあの優しかった光る母の面影が残っていた。かなうなら、もう一度あの日の母に会って確かめたい。
あなたは誰ですか?
どこにいるんですか?
どうして、助けてくれるんですか?
私たちを愛しているんですか?
もしあの日の母が生きていて、私たちの目の前に現れたのだったら受け入れよう。ううん、会って話がしたい。
でも、泉本百合とか言う人じゃない。やっぱり、あの人は私の記憶の光るお母さんと重ならない。だから、会いたいとも思わない。
今となってはかなわないけど、あの日に戻って確かめたい。
「ねえ、真輝ちゃん、時間旅行とかできないかな。」
私は弟に何の気なく聞いてみた。
私は軽い気持ちだったが、弟は何か腑に落ちたように携帯でネットを検索し始めた。
その表情に何か不思議な確信のようなものが読み取れる。冗談でやっている訳ではなさそうだ。
やがて、「あ、あったよ、お姉ちゃん。これなんかどうかな。」と携帯に表示された企業広告を見せてくれた。
「どうせ、使う当てのないお金だし、ダメもとでいいじゃん。」

次の休みの日、弟の真輝に伴われてきたのは、駅前の巨大な商業ビルだった。
エレベーターで33階まで上がって降りたところは、全体が大手電話会社に占められているフロアだった。
その一角に目立つ文字で、「T・T・L」と書かれている。
私たちが目的としている会社、「T・T・L」は、タイム・トラベラーズ・ラボラトリィの略語で、簡単に言えばタイムトラベルをサービスする会社らしい。
日頃馴染みのある大手電話会社の100パーセント出資子会社で、営業を開始したのはまだ最近だった。なにしろ、提供しているサービスがタイムトラベルだから、世の中に受け入れられるまでは時間がかかる。取り敢えず、ネットだけで告知して消費者の反応を見るらしい。
会社の読み通り、ネットの一部ではかなり噂になっていた。(もっとも、歴史を書き変えて人類が滅亡するぞとか、都合の悪い奴を過去で殺す犯罪が増えるぞとか、否定的なものも多かったが)
弟も、そんな話をネットで聞きかじって、この会社を知っていたらしい。
「あの、今日予約をしている藤間です。」
弟が受付で名乗ると、「藤間様、お待ちしておりました。」と暖色を基調にした接客スペースに通された。
やがて、姿を現したメガネの担当者は、接客担当というより、むしろ研究員のような風貌だった。
「初めまして。私は当T・T・Lの主任技術者の真島と言います。」
名刺を出しながらメガネ氏は名乗った。
「あの、技術の方が直接担当するんですか?」
意外そうに弟が尋ねた。
「はい、なにしろ、こう言う会社ですから。なかなか理解を頂くのが難しくて。せっかくネットの広告を見て足を運ばれたお客様も、大抵は半信半疑なんです。だから、私たち技術の一線にいるものが直対応してご安心いただいているんですよ。」

「あの・・・。」
私は気が急いて、つい口を挟んだ。
「本当に時間旅行ができるんですか?」
「はい。もう少し分かりやすくご説明しますね。まず、タイムパラドックスと言うのは聞かれたことがありますか。」
誠実な人柄らしく、真島さんは落ち着いた口調でゆっくりと説明を始めた。
「はい、言葉だけは。」
「タイムパラドックスとは、例えば、私が過去に戻って自分を殺したとします。すると、未来の自分もいなくなりますよね。」
「はい。」
「だったら、過去の自分を殺したのは誰ですか?」
「あっ・・・。」
「だから私たちは決して過去には戻れないと言うのが、タイムパラドックスです。
ですが、実際はそうでありませんでした。
川の流れに例えると、水は通常は一方通行です。そこへ、こう、水の流れを妨げる堤のようなものを作るとします。」
そう言って、右手で水の流れるところを、左手で水の流れを堰き止めるところを実演してみせた。
「すると、流れを妨げられた水は、行き場をなくしてクルクルと渦を巻きます。これを時間でも人為的に引き起こしてやる訳です。そして、時間にできた渦の中では、過去と未来が干渉し合うのです。」
真島さんは、右手の人差し指を立ててクルクルと回して見せた。
「つまり、過去と未来の接点を自由に作り出せると言うことですか。」
理系の弟は目を輝かせて話に加わった。
「理論上はそうです。ただ、どの過去にでも自由に戻れる訳ではありません。まず、戻れる過去はせいぜい数十年前で、しかも旅行をされる方の過ごして来られた記憶の過去にしか戻ることはできません。
これは、時間旅行が広範囲に影響を与えないように、なんらかの規制のようなものがかかっている為と考えられています。
また、現在の技術では、私たちの実体を送るまでには至っておりません。私たちのビジョン、すなわち映像を送るのが限界なのです。」
「でも、それでは、仮想現実と変わらない気がしますが。」
「確かに、過去へのコンタクトは、私たちの用意した『ステーション』と言うバーチャルリアリティ、つまり仮想世界から行います。
実際、時間旅行を体験された方の中には、映画を見てきたようだったと感想を言われる方もあります。ですが、仮想現実との違いは、本当に過去に干渉できるところなんです。」
それに弟は、えっ、と言う顔をした。
「それって、過去を書き換えられると言うことになりませんか?」
「そうです。タイムパラドックスが現実となります。」
「過去とか未来がお互い干渉し合ったら、その影響は終わりがないですよね。無限ループのような状態に陥らないですか?」
更に弟は言葉を継いだ。顔はすっかり上気して、会話が楽しくてたまらないという様子だ。
「本来、原因から結果に対する関係は、一方通行のはずです。それが、結果が原因に影響を与え始めたら、原因と結果、そして結果と原因でとりとめのないことになってしまいます。
まるで、合わせ鏡のようなものです。」
深くうなづいて、真島さんは返答を返した。
「感心しました。よく勉強していらっしゃいます。時間理論の初歩の考え方です。そして、過去とか未来の干渉によって生じたエネルギーは、ついに行き場をなくして、宇宙規模の破壊をもたらすと唱える科学者もいました。
ですが、ご心配なく。このパラドックスは、既視未来と言う言葉で説明ができるのです。」

(彼方からの伝言 #5に続く)