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18.早くち


注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

津波の記憶

優(まさる)は中学1年生。
祖母と東京で暮らしている。

それは、4年前、まさるはまだ小学3年生だった。
午前の授業が終わった時、ぐらぐらぐらと校舎が大きく揺れて、生徒たちは机につかまったまま、右へ左へと激しく揺さぶられた。
窓ガラスは割れ、花瓶は倒れ、蛍光灯は天井から外れて落ちた。

「みんな、大丈夫か」
教師は子どもたちに声をかけ、安否を確かめた。
突然の揺れに、子ども達は度肝を抜かれて、青ざめ、泣き出したり、足がすくんで動けないものがいたが、幸いにして誰にも怪我はなさそうだった。

「まだ、次が来るかも知れん。机の下に入ってジッとしているんだ。」

やがて、第2波の揺れが襲ってきた。
「うああああああ」
子ども達が一斉に叫び声を上げた。

「みんな、落ち着け、そのまま、そのままジッとしていろ」
教師は子どもたちに声をかけ続けた。
今度の揺れは、前よりもっと長く、激しく大地と校舎を揺さぶって、やがて終息した。

息を殺して教師と生徒たちは次の揺れに備えていたが、小さな余震は続いていたものの、それ以上大きな揺れは来そうになかった。
そこで、教師は「みんな、大丈夫か。よし、安全なところに非難するぞ。」と子ども達を立ち上がらせて回った。

「先生、どこへ逃げるの?」
「裏山の高台だ。」
「えっ、家に帰っちゃいけないの?」
「そうだ、大きな地震の後には津波が来るかも知れん。さあ、急ごう。」

教師の引率に従って、子ども達はお互いを助けて、割れたガラスが飛び散った階段を下りて校庭にでた。そして、校門をくぐって裏山への道を辿った。

子ども達が、裏山に作られた避難所の高台に到着すると、すでに他のクラスの生徒や、町の人たちが集まっていた。
やがて、遥か下に広がっている海が急に真っ黒な塊になって盛り上がるのを彼らは目にした。

「ああああああああ」
大人も、子どもも、自分たちが暮らしている町に、そして彼らの生活に覆いかぶさる海に絶叫の声を発した。
海から湧き上がった黒い溶岩のような塊は、家や車や、船や、バスや、ビルや、お店や、樹木を体内に取り込んで不恰好に膨れ上がり、子ども達がさっきまで学んでいた学び舎すらも飲み込んでしまった。
そして、水は高台のわずか10m下まで押し寄せて止まった。
からくも彼らは命を永らえたのだ。

しかし、優の気がかりは漁協で働いている父親と母親のことだった。
(ちゃんと、にげられたのかな・・・)
道路も、水道も、電話も、全てのインフラが壊滅し、被災地は機能不全に陥った。
しかし、必死の支援と救助活動が行われ、バラバラに非難した家族が次々と再会していった。
ただ、悲報もひっきりなしにもたらされた。
父親が、母親が、兄が、弟が、子どもが、家族が・・・。

優も、心を震わせて、父と母の消息を待った。
しかし、ついに、二人の消息は彼にもたらされることはなかった。
優の両親は、行方不明者に数えられたまま、合同葬で葬られて死者のリストに加えられた。

その後、優は東京の祖母の元に引き取られ、彼は今年中学生になった。

祖母との日々

祖母の藤村多喜枝は旧家の流れを汲むしつけの厳しい家庭に育ち、やがて東京に嫁いで、そこで優の母を産んだ。

多喜枝は我が娘の忘れ形見を引き取ると、惜しみない愛情を注いでくれた。
ただ、優しいばかりでなく、生まれ育った環境で身につけた行儀作法を優にもしっかり躾けた。
朝、起きたら布団をたたみ、脱いだパジャマもきちんとたたむ。
ご飯はいつも「いただきます」で始まり「ごちそうさま」で終わる。
箸の使い方や、茶碗も持ち方まで、穏やかな声で、しかし短くピシリピシリと正された。
家を出る時は「行って来ます」、帰れば「ただいま」、帰れば何をおいても制服をハンガーにかけて着替えるように言われた。
就寝と起床時間は決められていて、それは休みの間も変わらなかった。

最初は、あまりの厳しさに面食らっていた優だったが、4年経つうちにすっかりその生活態度が身についていた。
それでも、今でも慣れないのが、朝晩のお勤めだった。
代々浄土真宗の門徒であった多喜枝は、子どもの頃から朝晩の「帰命無量」で始まる正信偈の勤行を欠かしたことがなかった。
そして、優も朝晩、お仏壇の前に座らされた。
二人してお仏壇の前に正座し、正信偈と念珠を手に、まず仏様に合掌。
「ふかきみ法」の歌で始まり、正信偈、和讃、「あなかしこ」で終わる、その間20~長いときは30分。
小学生の優も姿勢を正し、きちんと正座するように言われた。
最初は足が痛くて、痛くて、ずっともぞもぞしていた優も、1年過ぎる頃はかなり様になってきた。
しかし、4年経った今も20分間お仏壇の前に座っているのは辛かった。

祖母の入院

その祖母の多喜枝が入院をすることになった。
持病が悪化したためで、大ごとにはならなかったものの、大事をとって2ヶ月間の入院をすることになった。
多喜枝の心配は、その間の優の生活のことだった。
食事や身の回りのことは、近くに住む妹の絹子に頼んである。自治会も様子を見てくれるとは言ってくれているが、やはり絹子のところにやっかいになるべきではないか。
夜はずっと一人で過ごすことになる。なにしろ、まだ中学1年なのだ。

しかし、優は以外にあっさりと「おれ、大丈夫だから。」と言った。
「それに、誰かが仏様のお世話をしなけりゃいけないでしょ。」とも言う。
学校の担任とも話をした上で、朝起きた時と、夜寝る時は必ず多喜枝に電話するという約束で、やっと2ヶ月間の一人暮らしを認めた。

まさるにして見れば、厳しい祖母から離れて、少し骨休めができるはすだった。
しかし、2日に一回病院に面会に行った時に、何かをおろそかにしているとたちまち祖母に見抜かれるのだった。この間は、朝のお勤めをさぼって、夕方に面会に行ったところ、線香のわずかな残り香がしないことでばれて油を絞られた。
また、手を抜いたことで、せっかく身につけた習慣が元に戻って、2ヵ月後に一から苦労するのも嫌だった。
結果、優は割りと生真面目に一人暮らしを続けていた。

ただ、お勤めの時間だけは日を追って短くなっていった。
最初は20分、10日過ぎるころには10分、また10日過ぎれば5分と。
内容を変えるとばれると思い、一切省略こそしなかったが、その正信偈を読む速さがどんどん増していった。
「ふかきみ法」「チンチン」「帰命無量」から「あなかしこ」まで、実に落ち着かない早くちのお勤めだった。
しかし、さすがにこればかりは多喜枝も気づかないと見えて、見舞いに行くたびに優のことを「よくやってるね」と褒めてくれた。

病院からの電話

そして、多喜枝の入院から1か月が経った頃。

その日優は、部活動で遅くなり、多喜枝の妹の絹子の家で夕食を食べて帰宅したら8時ごろになった。
優は、とても疲れていた。
いつもなら、制服を着替え、夜のお勤めをして、お風呂につかった後に、祖母に連絡をしてから就寝する。しかし、お腹が満腹になったせいで帰宅後強烈な眠気が襲ってきた。
そこで、少し休むつもりで畳の上に身を横たえた。
やがて、心地良い眠りが訪れた。そして、11時を過ぎた時、携帯の呼び出し音が眠りを破った。

「もしもし、藤村多喜枝さんのご家族の方ですか。わたしは、看護師の木村と申します。実は、多喜枝さんの容態があまりよろしくなくて、一旦集中治療室に移っていただきました。いえ、そんなにご心配にならなくても大丈夫です。あくまでも、担当医が治療しやすいようにとのことですから。ただ、ないこととは思いますが、もしものことを考えてご連絡をしました。」

優は、最初は落ち着いて「はい、はい」と応じていたが、ついには堪えきれず「今から行ってもいいですか」と急き込んで尋ねた。
「はい、病院としては問題ありません。でも、すぐにどうこうというわけではありませんし、夜も遅いので明日にされてはいかがでしょう。」
「いいえ、行きます。走っていきます。」
そう言いながら、優はすぐに家を飛び出して病院へ駆けていた。

病院への道

病院へは、家から4kmほど、バスで停留場2つ分である。でも、11時を過ぎているのでもう病院までバスは走っていない。
息を切らせながら家の前の坂を駆け下りて、海沿いの道をずっと走っていく。海の横を走りながら、暗い夜の海が盛り上がってくる錯覚に襲われた。

今から4年前、その黒い海が両親を飲み込んだのだ。優は走りながら、突然こみ上げてきた悔しさに胸が詰まった。そして、涙が溢れてきた。それでも泣きながら走り続けた。
そして、その海が祖母までも飲み込むような気がしてならなかった。
祖母まで飲まれてしまえば、優はこの世でたった一人ぼっちになってしまう。それが、怖くて、ガタガタ震えながら優は駆けた。駆け続けた。

最後、病院へ続く上り坂を必死で登りきると、病院の夜間入り口でしばらく「ハア、ハア、ハア」と荒い息をした。
その優に看護師が声をかけてきた。
「あの、面会ですか。」
「305号室の藤村です。祖母は、いま何処にいますか。」
「お待ちください。今確認します。」
看護師は近くのインターフォンで、病棟のナースステーションに連絡をした。
電話を置くと彼女は優に向かって
「藤村さんはもう落ち着かれて、病室も戻られていますよ。」と教えてくれた。

早くち

安堵に胸を撫で下ろして、優は祖母の病棟へと向かった。
病室は就寝時間を過ぎていたが、多喜枝はベッドの脇の室内灯をつけて待っていた。
そして、優を見ると、
「心配をかけてごめんね。看護師さんがね、優が来るって教えてくれたから、許してもらって待っていたのよ」と声をかけた。
「おばあちゃん、なんともないんだね。」
「看護師さんもおおげさねえ。本当に大丈夫よ。」
「よかったあ。」
「ところで優、あなた夕方のお勤めをしていないでしょ。」
「えっ、ごめん。あまり疲れてて、家に帰ってすぐ寝ちゃったんだ。」
「まあ、仕方ない子ね。いいわ、そうしたら、今からここでお勤めしましょ。」
「えっ、ここで。看護師さんに怒られない?」
「大丈夫よ、大きな声を出さなければね。でも、今日はあなたが導師よ。」
「そんな、いきなり無理だよ。」
「いつも、ひとりでできてるでしょ、大丈夫よ。」

そこで、優は祖母の横に腰掛けて、一緒に正信偈を開いた。
小声で、「ふかきみ法」と歌い、「帰命無量寿如来」と優の導師でお勤めが始まった。
慣れない導師で何度もつまづきながら、最後「あなかしこ」で終わるまで、それでも多喜枝は何も言わずにつきあってくれた。
そして、お勤めが終わった時、「ご苦労様」とねぎらってくれた。

でも、「ところで、優。あなたのお勤め随分早口だったけど、ちゃんとひとりでもできている?」と問いかけられた。
優は、あまりの祖母の鋭さに思わず目を見張って、返答を返せなかった。
「やっぱり。いいこと、見えるところだけ繕っても駄目なのよ。」
「ごめん。」
「あなたにとって、わたしより大切な人ができるまでは、ずっと元気でいなきゃね。それに、目を離すとお勤めもすぐ手を抜くし。」
「もう、だからごめんって言ってるじゃん。」
「今日はもう遅いから泊まっていきなさい。」
「うん。」

その夜、優は祖母のベッドに特別に潜り込ませてもらった。
(まったく、おばあちゃんには叶わないな・・・)
隣に祖母の温もりを感じながら彼は眠りに着いたのだった。

(おわり)