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16.崩され島

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

大俳優の死

日本の演劇界に、その人有りと言われた大俳優が死んだ。

その名を、武島象二郎。

昨年、舞台稽古中に倒れて緊急入院後、長らく自宅で療養を続けていたが、誤嚥がもとで肺炎を併発。
ついには、懸命の治療も虚しく、搬送先の病院で最後の息を吐いて果てたのだった。
享年78歳。

弔問には、この大俳優の死を悼んで多くの演劇人が詰め掛け、しめやかに故人の告別式が取り行われた。

そして、弔辞に立ったのは、彼もまた日本の演劇界の重鎮と言われる山形有朋、83歳であった。

弔辞

山形老人は、遺影を背にスタンドマイクの前に立つと、懐から弔辞の原稿と思しき紙を取り出した。
生前、故武島と深い交情のあった山形老人だから、彼の口からは在りし日の武島のことが涙ながらに語られるだろうと皆が思った。

しかし、彼の弔辞は、このような切り口上で始まったのだ。

「皆さん、私が今から語るのは、在りし日の故人の思い出でもなければ、胸が張り裂けるように寂しい私の心情でもありません。
それは、海の中に生まれた一つの小さな島の物語です。」

小さな島の物語

名優、山形有朋は、切々と一つの物語を朗読し始めた。
感情の抑揚のない、淡々とした語りであったが、噛んで含めるような一言一言に、聴衆は皆咳き一つ立てずに聞き入っていた。

-・-

青く広い海の真ん中に、ある時小さな島が生まれた。
潮の満ち引きや、打ち寄せる波に、消えてなくなりそうな小さな島だったが、長い年月に洗われもせず、水平線と空ばかりの中、ちゃぷちゃぷといつまでも浮かんでいた。

やがて、島には渡り鳥たちが羽を休めに訪れるようになり、ある時、鳥が落とした糞に混入した種から草が芽吹いた。
草は種を付け、周囲にバラまくことによって、その勢力を拡大して行った。
やがて、島は一面草の生い茂る緑の島になった。
長い年月が流れ、そしてある時、島に朽ちた木が漂着した。きっと、どこかの洪水で海にまで流されてきたのだろう。塩水をたっぷりと吸い込んで、浮きつ沈みつしながら、ようやく島に打ち上げられた朽木は、岸に打ち当たると、脆くなっていたところから二つに裂けた。
しかし、そのはずみに朽木を食らっで生き延びでいた数匹のミミズが島に放りだされた。

歓喜の島

ミミズたちは、波間での激しい朽木の揺れに耐え、ヒリヒリ身を刺すような海水の塩分にも耐えた。
そして、朽木に巣食っていた数匹のミミズたち、奇跡的に生き延びてその小さな島に上陸した。

長い年月をかけ、草が生えては枯れ、生えては枯れを繰り返したことにより、島は堆積した草により肥沃な土地となっていた。
やっと、狭く苦しい朽木の船旅から解放されたミミズたちは歓喜の声(ミミズが叫べたらだが)を上げながら、豊穣な大地に潜り込んだ。
そして、そこはミミズたちの楽園となった。

陸から遠く離れたこの島には、ミミズたちを取って食おうと言うものはいなかった。
ただ、春と秋に渡り鳥たちが訪れたが、地面に潜り込んでいるミミズたちに、鳥たちの鋭いクチバシの犠牲になるものは希だった。
そして、肥沃な土を消費しながら、ミミズたちは驚異的にその数を増やしていった。
季節が巡る度に、100倍、そして、またその100倍。いつの間にか、島はミミズが溢れ返る異形の島と化していた。
地面に収まり切れず、鳥たちについばまれるものもいたが、無限とも言える彼らの数の前ではどれほどの被害でもなかった。

崩壊

やがて、月日が流れ、その小さな島はますます異形の島と化していた。
島の至るところにびっしりとミミズたちが取り付いて、しきりに蠢いているのだ。それは土の中から弾き出されたミミズたち。そして、土の中はさらに無数のミミズたちが穴を穿っていた。
その島は、ミミズたちの穿つ無数の穴で、細い空洞だらけのスカスカの土地に成り果てていた。

やがて、ある時、蠢く無数のミミズたちの重さに耐えかねるように海に面した丘が崩れた。
その丘はミミズたちがびっしり取り付いた巨大な土塊となって海に落下していった。
声を発しないミミズたちの断末魔の叫びとともに、土塊は海に当たり微塵に崩壊し、やがて汚泥で濁った渦を巻いて海中に没し果てた。

きっと、島に残されたミミズたちはギョッとしたろう。同胞たちに何が起こったか、悲しいかなミミズの知恵では知りえなかったとしても、声なき断末魔を耳にして、しばし黙祷を捧げたかも知れない。しかし、彼らはまた関心を目の前の業務に戻すと、生存のため、自身が肥え太るため、未だ肥沃な土地を貪ることに精を出すのであった。

しかし、その小さな島の地盤は想像以上にミミズたちによって侵食されていた。
そして、第二、第三の崩壊が起こった。
地面は崩れさり、そこに住まいしていたミミズたちを抱きかかえたまま、海に藻屑と消えた。
海に没したミミズたちは、必死に泳いで島に取り付こうとしたが、島の周りの急流に阻まれて、やがて海の彼方へと流されていった。

その崩壊は、その後も止まることがなかった。ミミズたちに侵食され、もはやスカスカの小さい島はやがて全てを海に没することは免れえなかった。
気がつけば、島は半分の大きさになり、三分の一の大きさになっていた。
同胞たちの悲劇を目にしながらも、知恵のないミミズたちは、それに対して何の手立ても講ずることはなかったし、ただ今回の崩壊の犠牲にならなかったことを喜んで、目の前の土を貪るだけに夢中であった。

暗喩

その後も崩壊は続く。
そして、轟々と音を立てて、破滅的な崩壊が始まった。
海面に残った土地は真っ二つに裂け、左右に分かれて海面に没した。そして、島の全てのミミズたちが海に投げ出されて絶命をした。

しかし、その時、わずかに海面に残った土地の上に一匹のミミズが動いていた。
衝撃に目を回しながら、それでも目の前の土を貪ることを止めない。
それも、今しばらくのことだろう。
やがて、その土地も波に洗われ完全に海に没するのは間近だった。
その悲劇的な運命を知ってか知らずか、この最後のミミズは自分の露命をつなぐ摂食にただ余念がなかった。

-・-

ここまで語って、山形老人は原稿を折りたたむと、また元のように懐に収めた。

あっけに取られる聴衆を前に老人は、表情を変えずにこう付け加えた。

「お判りいただけましたかな。この小さな島とは私たちの人生、土を食べるとは私たちの生業、島が崩壊するとは激しい無常に襲われ同房を失うことです。
そして・・・最後に残ったミミズとは、私のことです。
まことに悲しいことです。」

そして、少し背中を丸めた寂しげな風体で山形有朋はスタンドマイクの前から立ち去っていった。

(おわり)

※解説
有る時、無くなった著名人を悼む仲間のインタビューがテレビで流されていました。
でも、仲間を悼みながら、誰もが今生き残っている自分は「勝ち組」的な雰囲気を漂わせていました。
ただ、どの人も命を謳歌できるのは今しばらくといったところでしょう。