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15.志乃さん #04【おとこ前彼女】

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

策士

「いや、たいしたもんだ。松木電子さんがここまで本気に取りにくるとは正直思わなかったよ。」

プレゼンの後、応接に招き入れられた一二三数人(ひふみかずと)と古澤志乃(ふるさわしの)に対して、事務長の昌元は上機嫌で応じた。
「あの、院長の感触はいかがでしょうか?」
数人がやや遠慮がちに質問をした。
「うん、いいと思うよ。なにしろ、看護師たちがすっかりその気になっているから、院長としてもかなり心が動いたんじゃないかな。」
「有り難うございます。」
「まあ、君たちがそこまで本気ということは、私の方の申し出も当然問題ないと見ていいよね。」
その露骨な言い方に志乃は呆れかえった。
(部外者の私の前で、あのことを持ち出すなんて、どういう神経かしら。所詮、業者なんて、何でも自分の思うとおりになると思っている証拠ね。)
「は、はあ・・・そのことですが・・・。」
事務長を前にひるんで言い淀んでいる数人に志乃が耳打ちをした。
「ほら、ここが正念場よ。」
志乃に後押しをされた数人は、意を決して言葉を続けた。
「あのことはあくまで妹の意志で決めることです。兄の私から口が出せることではありません。」
「ほう。つまり、ノーであると。まあ、それならそれでいいよ。妹さんとは直接話をしよう。それなら構わないだろ。」
意外とあっさりと昌元は引き下がった。
「え・・・っと。それなら・・・。」
「つまるところ、私情とビジネスは分けろということだ。だから、あなたたちは、競合に負けないように提案を練りこんで来たんだよな。」
「仰しゃる通りです。」
「そして、院長を落とせば商談はなんとかなると思った。そんなところだな。だが、まあ。こんな時、例えばN社ならどう言うかな。要は持ちつ、持たれつと言うことだろ。君たちの姿勢は立派でも、私のような立場の人間はいざと言う時、自分の無理を聞いてくれる相手を選ぶものだよ。だから、今回の妹さんの件は、これからあなた方がお付き合いするに値する会社かどうかのメンタルテストでもある訳だよ。」
(よくまあ、ペラペラと、言いにくいことまで喋ること・・・。でも、それだけ一二三さんに執心しているってことね。)
「・・・」
「それが、病院全体の購入予算を預かる私と言う人間の考え方なのだよ。」
(俺の言うことを聞かないとボールペン一本買わないぞ、と言うことね。じゃあ、見てなさい。プランB発動よ。)

「そちらの女性の方、一二三君の上司なのかな。どう思う。私には、彼には少し荷が重い判断だと思うのだが。」
「はい、私もそう思います。しかし、問題の複雑さから判断して、さらに上の判断が必要かと思われます。」
「とは言え回答の期日は今日だ。時間がかかっては困るよ。」
「その点は心配ありません。少し失礼します。」
そう言って、志乃は応接のソファから立ち上がると、扉を開けて、外にいる人物に中に入るように促した。

扉の向こうから姿を現したのは、あのプレゼンターの男性だった。
「失礼します。先ほどは、ご清聴ありがとうございました。」
「ああ、あなたでしたか。お二人の上司の方だったんですね。」
男性は満面の笑みを浮かべて名刺を差し出した。
「ご紹介が遅れました。私、松木電子 専務取締役の松木 孝一郎と申します。」
(えーっ!)
数人は突然登場した自分の会社の専務にびっくりして飛び上がった。
「ほう、松木電子の専務さんの直々の登場とは恐れいりました。しかし、松木とは、ご一族の方ですか?」
「はい、社長の松木善太郎は私の父です。」
「それは、それは、どうかおかけください。」
「畏れいります。」
そうして、孝一郎と昌元はソファで差し向かいになった。数人と志乃は、孝一郎に席を譲り、少し離れて聞いていた。
「だいたいのことは、二人から聞いております。」
「そうですか。なら、話は早い。松木電子さんとしては、どう考えられますか?」
「そうですね。我が社としては、今後のお付き合いを考えれば、少なからず事務長のお力になりたいと考えています。特に今回のことでは、とてもお困りだとも聞いております。
ですが・・・。」
「ですが、とは?」
「はい。私どもとしても、あまり、後々に禍根を残すようなやり方はお勧めできません。ましてや、うちの社員の身内ともなれば尚更です。」
「なるほど、つまり、ノーですな。」
「いえ、いえ、そんなに結論を急がずに。まずは、このメールのプリントアウトを見てください。これは、今朝、うちの社長宛に送られてきたものです。」

『松木電子 株式会社 代表取締役 松木善太郎殿
貴君の忠告誠に痛みいる。
確かに、今回の出来事は一歩間違えば当院の医療過誤事件となり兼ねなかった。
むしろ、このような問題が本件に留まらず、院内にまん延しているのではないかと危惧している。』

「何です、これ。こんな大層な告発文を誰が送ってきたのですか?」
「まあ、一番下の差出人をご覧下さい。」
「えっ、一番下・・・、
『医療法人 A病院 代表理事 相田希志夫』って、うちの理事長ではないですか!」
「その通りです。相田理事長から頂いたメールです。」
「ちょっと、待ってくださいよ。うちの理事長と松木社長はどういう関係なのですか?」
「ちょっと考えてみてください。松木メディカルは、まだそんなに実績があるわけではない会社です。そんな会社が、ただでさえ参入の難しい医療業界の、しかもA病院のような大病院の、電子カルテシステムのコンペの末席に加えて貰えたのは何故だと思います?」
昌元は、記憶を手繰るような表情をしたが、急に思い出したように声を上げた。
「あっ!そうそう、理事長から指示があったんですよ。取り敢えず、話だけでも聞いてやってくれ、と。」
「実は、相田理事長とうちの社長は、40年来の悪友という仲なんですよ。お互いの性格もよく知っているし、スネの傷も知らない訳ではありません。ですから、うちの父に頼んで今回の取りなしを頼んだのです。」
「そ、そうなんですか。」
「はい、それで大切なのは、メールのこの部分です。」

『身内が絡んでいたので、わたしも少々感情的になったようだ。反省している。
しかし、ことなきを得たとは言え、これを看過しては、いずれ大きな医療事故につながり兼ねない。
ついては、以下の二点の実行を条件に関係者のミスは不問に付そうと思う。
一つ、当事者の厨山医師から、高畑に謝罪を行うこと。
二つ、各医局とも、今後ミスの起きないように体制を見直し、また不幸にしてミスが起きた時は報告を徹底すること。
生憎、私は今週一杯海外に出張するため、まことに手数をかけるが、事務長の昌元と相談の上、確実に上記二点が早急に実行されるよう手を貸して貰いたい。』

「と・・・言うことです。理事長にはご理解をいただけましたので、後は事務長から厨山医師に高畑さんへの謝罪をお願いして貰えないでしょうか。」
「分かりました。しかし、まさか、このようなルートで来られるとは。」
「優秀な外科医と、また優秀な看護師を天秤にかけなければならなかった事務長のたいへんさも分かりましたからね。ならば、一番大もとからって思ったんですよ。」
「有難う・・・と言うべきなのでしょうな。」
ふう、と息を吐き出しながら、昌元は礼の言葉を口にした。

その時、澄ました顔で志乃が口を挟んだ。
「事務長、一つ貸しですからね。この意味お分かりになりますよね。」
(これ一つ言いたかったんだ!)
その唐突な言葉に昌元は驚きを顔に表し、数人は魂消て志乃の顔をまじまじと見つめ、そして孝一郎も慌てて彼女をたしなめた。
「こら、古澤君、止めないか。事務長に失礼だろう。申し訳ありません。うちの社員が失礼なことを言いまして・・・。」
「ははっ、いやはや、参りました。」
苦笑いを返しながら昌元は応じた。
「しかし、なかなか策士でいらっしゃる。これなら松木電子さんも将来安心ですな。」
「いえいえ、うちにはもっと策士がいますから。私など、社長のポストを持っていかれやしないかと、内心ヒヤヒヤしています。」
そう言って、孝一郎は愉快そうな笑みを浮かべた。

夕陽

3人は昌元のもとを辞して、病院の正面玄関前に姿を現した。
「あの専務、今日はお力添えまことに有難うございました。」
志乃は、孝一郎に向かって深々とお辞儀をし、数人も畏まって一緒に頭を下げた。
「なんの、なんの。グループの大型受注が2件も絡んでいたんだ。かつて、プレゼンの天才児と言われた僕が、最後くらい決めなきゃね。」
「専務う、ご自分のことをそこまで仰いますか?」
「冗談だよ。それに、古澤君の筋書き面白かったよ。まさか本当に社長まで引っ張りだすとは思わなかったけど。」
「専務のお力添えあればこそです。」
「また、是非こんな機会があれば、キャストに加えてもらっていいかな。」
「はい、是非お願いします。」

「ところで、一二三君。」
いきなり自分の名前を呼ばれて数人は肝を冷やした。
(今回の大元は僕だから、相当怒られるぞ~。)
「一二三君、自分の会社の専務くらい顔を覚えておきなさい。」
(えっ?そっち?)
「も、申し訳ありません。」
「専務、それは気の毒です。公の資料のどこにもお顔が掲載されていませんし、会社の行事にも来られないじゃありませんか。」
「そうか、それは失敬。今後は気をつけるからね。じゃ、これで僕は失礼するよ。」
「有難うございました。」
「有難うございました。」
二人はまた深々と頭を下げた。

「志乃さん。」
「はい?」
「志乃さんって、一体何者なんですか?」
「どうして?」
「だって、専務は全て志乃さんの筋書きだって言われたじゃないですか。ということは、志乃さんひとりで、専務も社長も、A病院の理事長も皆んな動かしたんですよね。」
「あ、そういうことになるかな。」
志乃はわざとそらっとぼけて言った。
「結果的に、難航していた松木メディカルの商談も有利になって、あの事務長にも恩を売って、相手のドクターも楢橋さんも丸く収まったじゃないですか。僕も妹も助かりました。しかも、これ全部1日でやってのけたんですよ。」
「細かいことは、もういいじゃないですか。それよりあの事務長にギャフンと言わせることができたんだもん。それでいいでしょ。」
そう言って、うーんと志乃は伸びをした。
「ああ、気持ちよかったあ!」
傾きかけた太陽が志乃の顔を黄金に染めて、その姿に数人は胸の疼きを覚えた。
「あの、志乃さん、今日は僕からお礼をしたいんですが、これからお付き合い願えますか?」
「そうね、どうしようかな。いい加減にしないと家族に怒られそうだし。」
「駄目ですか?」
「うーん、ま、いいか、今日は特別だもん。」

告白

数人が案内したのは、こざっぱりとした小料理屋だった。
入り口の縄の暖簾が風情を出している。
中に入ると、「あ、お兄ちゃん、こっち、こっち」と20をいくつもでていない女性が声をかけてきた。
「志乃さん、妹の二三四です。」
「初めまして、いつもお兄さんにはお世話になっています。古澤志乃です。」
「へえ、志乃さんかあ。初めまして。一二三 二三四です。」
「さあ、かけて下さい。」
数人が志乃に席を勧めた。
「志乃さん、あとお兄ちゃん、何にする?」
「僕はビールで。志乃さんは?」
「では、私もビールで。」
「あれっ、志乃さん、今日は酎ハイではないんですか?」
「えっ、あれはあの店でしかやらないんですよ。」
「えっ、なんのこと。でも、お兄ちゃん、綺麗な人だねえ。」
「こらっ、二三四、止めろ。失礼だろ。」
「お兄ちゃんの彼女。」
「えっ?こ、こらっ、いい加減にしろ。志乃さんはな、その、僕らの恩人なんだぞ。」
二三四をたしなめた数人であったが、唐突に妹に振られて、耳まで真っ赤になった。それを、二三四は、ははあんという顔をして見ていた。

「志乃さんは、彼氏とかいないんですか。」
「えっ、えっと・・・。」
酒が入りすっかりご機嫌の二三四は女子同士の気安さで、どんどん志乃に突っ込んだ。
「へえ、さてはお相手いないな。いいの、いいの、気にしなくていいよ。仕事を持っている女の人って結構縁遠い人いるもんね。私の先輩なんか、男っ気ゼロの人たくさんいるもん。」
それを少し困惑しながら受け答えしていた志乃だったが、唐突に二三四が斬り込んできた。
「ねえ、ならお兄ちゃんとかどうかな。私から言うのもなんだけど、結構いい男でしょ。」
いきなりの言葉に、数人は口に含んだビールを吹き出してしまった。
「ああ、汚いなあ。」
「大丈夫ですか、一二三さん。」
志乃がそつなく、数人のジャケットやズボンに飛んだビールを拭き取った。
「ああ、お似合いなんだ。」
「こ、こら、二三四。」
「どう志乃さん、少し頼りないけど、お兄ちゃんとお付き合いしてくれない。妹の私から一生のお願い。ねっ!」
思わぬ展開に数人は全く口がきけなくなってしまった。そして、ジッと志乃の返答を待った。
少し顔を赤らめてもじもじしていた志乃の答えは・・・。
「あの、せっかくの嬉しいお話だけど、でもね、私・・・1年前に結婚しているの。」
「えーっ!!」
「えーっ!!」
兄妹の驚きの声が店の中に共鳴した。

おとこ前彼女

その翌日、金曜日の定時間際。
「一二三、一二三くん、ちょっと。」
「おい、また課長のあれが始まったぞ。」
「はい。」
村木に促されて、少し不機嫌に数人は課長席に向かった。
「いやあ、一二三君、今、松木メディカルの営業部長から電話があって、電子カルテの件、A病院から内示があったそうだ。くれぐれも君たちによろしく伝えてくれと喜んでおられたよ。
これで、タグ・トレーサーの方も十中八九間違いないと見て良さそうだな。本当にご苦労だった。」
「それはどうも。」
「なんだ、余り嬉しそうじゃないな。何か気に触るようなことを言ったか?」
「課長、それより一つ伺いたいことがあるのですが?」
「な、何かね?」
数人の不機嫌そうな雰囲気に、課長の笹嶋はすっかり押されていた。
「課長は、どうして、志乃さんが・・結婚していること・・を教えてくれなかったんですか?」
「何?志乃さんが何だって?」
「ですから、何故志乃さんにご主人がいることを教えてくれなかったんですか、と聞いています。」
「えっ?志乃さんが結婚?そんな私も知らんぞ。おーい、志乃さん!君が結婚しているとはどういうことだ!」

笹島が部屋中に響き渡る声で志乃に問いかけたため、皆んなの視線が一斉に志乃に集まった。
「えっ、何?」
「志乃さん結婚しているの?」
「まさかあ。」
「えーっ!」
その視線に魂消て、志乃は席から立ち上がった。
「い、いえ、申し訳ありません。し、しかし、これには訳がありまして。」
冷や汗をかきながら、志乃は必死に弁明をした。
「志乃さん、それはないだろう。上司の私まで知らないでは、済むことではないよ!」
「も、申し訳ありません。」
志乃は深々と頭を下げた。

「別に問題ないんじゃないの。きちんと人事には話を通してあるし。」
そう言って、部屋に入って来たのは、専務の松木孝一郎だった。
いつもながらニコニコと笑みを浮かべている。
「あっ、専務!」
課長の笹島が、慌てて席を立ち上がった。
つられて、他の社員も立ち上がる。
そして、志乃はハッと眼を見開いていた。
「あの、専務、今日はどうして、ここに来られたのですか?」
「いやね。私的なことなんだが、今日は僕らの1年目の結婚記念日でね。」
「それはおめでとうございます。」
「それで、今日はフレンチレストランを予約したんで、家内を迎えに来たんだ。今日も、また遅くまで仕事になっては敵わないからね。」
「奥様といいますと・・・。」
笹嶋の眼がオフィス内を見渡して、やがて志乃に目が止まると、
「まさか・・・。」
そして、志乃が観念したように声を発した。
「ご、ご紹介が遅くなりました。私、ま、松木志乃と言います。」
志乃のたどたどしい自己紹介に、 社員たちが一斉に声を発した。
「えーーーっ!」
「えーーーっ!」
「えーーーっ!」
「えーーーっ!」

孝一郎はいたずらをする時のような顔をして続けた。
「いやね。うちはお袋を早くに亡くして女手がないだろ。そこへ来て、家内が遅くまで帰れないと、いろいろとたいへんなんだよ。」
「・・・と言うことは、志乃さんがいつも『家族』と言っているのは・・・。」
「そう、僕と、僕の親父、つまり、社長の松木善太郎だよ。ほんと、この3日間たいへんだったよ。」
「も・・・申し訳ありません!」
笹島は、殆ど身体を2つ折りにした大仰なポーズで頭を下げて謝った。
「だから、今日は僕の方から迎えに来たのさ。」
「では、奥さんが1年前にこの課に戻されたのは。」
「あれは、社長の考えだよ。昼も夜も舅と一緒だと、さすがの志乃もおかしくなるからね。」

やかて、定時を告げるチャイムがなると、「さ、もう準備は良いかな。」と孝一郎は志乃に促した。
「はい。」
「じゃ、行こうか。そう言えば、今日もあれやってくれる?酎ハイの一気飲み。」
「フレンチでする訳ないじゃないですか。」
(まさか、この人は専務まであれで落としたのか・・・。)
数人は呆れながら思った。
(全く、どこまで男前なんだ、この人は。)

「それでは、皆さんお疲れ様。」
「皆さん、これで失礼します。」
孝一郎に続いて、志乃も深々と頭を下げてオフィスを後にした。

パタン・・・。

志乃が残した扉の閉まる音を聞きながら、社員たちは、月曜日から専務夫人にどう接したら良いか、途方にくれていた。

(おわり)