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14.志乃さん #03【プレゼン・デー】

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

戦略

そう言って、別れた古澤志乃(ふるさわしの)であったが、翌日は朝から姿がなかった。
あの志乃の言葉に今日はどうなるかと身構えていた一二三数人(ひふみかずと)は拍子抜けをした。
(そりゃ、そうだよな、あれだけ飲めば。だけど、ちゃんと帰れたのかな?)

しかし、そんな数人の心配など無用とばかりに、志乃は11時頃姿を現した。そして、まっすぐ課長の笹嶋の前に立つと、「遅くなって済みませんでした。」と頭を下げた。ところが、笹嶋もさも心得たように、「ご苦労様」とねぎらうと、また志乃をオフィスの前の商談席に誘った。

「だいたいのことは、電話で報告させて貰った通りです。」
「う〜ん、一二三の気持ちも分かるが、メディカル絡みだと、個人の問題で片付けられんしなあ。」
「はい。しかし、そこを敢えてのお願いなのですが、今回の件は全て私たちに任せていただく訳にはいかないでしょうか?」
「しかしなあ・・・、やはり、君たちでは荷が重くはないか?」
志乃は、軽く息を吸い込んで笹嶋に告げた。
「そのことですが、実は、午前中、メディカルに伺って来ました。」
「まさか・・・全部話してきたのか?」
「いえ、私情とビジネスを混同する訳に参りませんので。代わりに一つだけお願いをしてきました。」
「ん?どんな?」
「はい、明日のプレゼンは松木電子と松木メディカルの共同提案にして貰えないか、とお願いしました。」
「志乃さんのことだ。何か考えがあってのことなんだろうが、それで向こうはどう言っている?」
「メディカルとしても、本体の松木電子なら共同提案は問題ないし、なにより提案の決め手を欠いていたので、良い援護射撃になると喜んでくれました。」
「そうかあ。しかし、それじゃますます一連托生だな。いよいよ後がなくなるぞ。やはり一二三の件は飲むのか?」
「いえ、それも受ける訳には参りません。私情とビジネスは別ですので。」
志乃は、キッパリと言い切った。
「しかし、それでは、その昌元とか言う事務長が納得しないだろう?」
「それなんですが、協力を申し出てくれた人がいまして、そちらもなんとかなりそうです。」
「えっ、それって・・・?」
さすがに笹嶋も、志乃の根回しの早さにギョッとした。
「今、詳しいことはご容赦ください。」
「と、言われてもなあ。ここまで話が大きくなると、当然社長の耳にも入るだろうし・・・。」
「全て、私の責任で構いません。」
そう言って、志乃は深々と頭を下げた。
「だいたい、志乃さん、君これ関係ないだろ?どうして、そこまで。」
「もう、乗り掛かった船ですから。」
「まあ、無理を言い出したのは私の方だし、他でもない志乃さんが、そこまで頭を下げて頼むんだ。私としては、任せるしかないんだろうな。」
「有難うございます。」
志乃は、もう一度頭を下げて続けた。
「ついては、課長にお願いがあります。明日の松木メディカルとの提案には、タグによる器具出しの仕組みを全面に出したいと思います。」
「ほう。」
「そこで、一二三さんの提案書をもとに器具出しソリューションの概算金額を算出していただきたいのですが。」
笹嶋は、そこは任せておけとばかりに軽く頷いて言った。
「分かった。時間は厳しいが、残ったメンバーでなんとかしよう。あと、君たちはどうする?」
「はい、今から一二三さんを連れて、メディカルで共同提案のプレゼンを練り上げます。」
「久しぶりに、古澤志乃!エンジン全開だな。」
「はい、畏れ入ります。課長も午後からの営業会議頑張ってください。」
「あ、ああ。」
笹嶋は志乃の言葉に苦笑いを浮かべながら答えた。

プレゼン・スタート

翌日。
A病院の会議室もは、院長の大川を筆頭に関係者が顔を揃えていた。
医局の責任者の医師たち。
事務長の昌元と彼の部下。
そして、看護師の責任者たち。
対して、松木メディカルからは、電子カルテ販売チームの山田と衣川(いがわ)、そして松木電子の一二三数人と古澤志乃の二人が参加していた。

開始前から、数人には、志乃のことが気になってしょうがなかった。
目の前の志乃はいつもとは、まるで別人だった。
あの野暮ったい黒ぶち眼鏡を、今日は丸味を帯びた女性らしいフレームに替えていた。そして、いつも後ろできつく縛っている髪も、ボリュームを持たせて後ろから胸元に流している。
頬にはうっすらとチークを入れて表情を明るくし、反対に少しキツめの口紅が顔全体に凛とした印象を与えていた。
さらに、身体のラインに沿った黒のスーツの中に、薄手のブラウスを着こんで、それが胸元に清楚なイメージを与えている。
また、細いハイヒールが形の良い足を際立たせていた。

「あの、志乃さん、あれから美容院に行ったんですか?」
小声で数人が聞いた。
「だって、昨日解散したの、10時過ぎてたでしょ。」
「今日は勝負の日ですから、当然です。」
「あ・・・はい、そうですよね。」
キッパリとした志乃の口調に、少し数人は気圧されていた。
「でも、今日の主役はあくまで一二三さんですから。それより・・・ちゃんと前を向いていて下さい。」
「はい。」
シラフでも、今日の志乃にはあの姉御肌が表に出ていた。
(服装一つで、女はこうまで変わるのか)と、数人はすっかり感心していた。

やがて、定刻となり、松木メディカルの山田がスクリーンの横に立った。
「それでは定刻になりましたので、私どもの電子カルテシステムのプレゼンデーションを始めたいと思います。今日は急遽、親会社である松木電子との共同提案とさせていただきました。どうかよろしくお願いします。」
そうして、山田のプレゼンはつつがなく進んで行った。

「ちょっと済まんが、あなたの会社の電子カルテの売りはどこなのかね。」
そう質問を投げたのは、院長の大川だった。
「はい、この電子カルテは、いろいろな立場の方が、いろいろな場面で使っていただくことを想定しております。当然、患者さんの情報は、個人情報なので、ドクターに準ずるしかるべき方しか見られないようになっています。しかし、患者さんの病歴やアレルギー、薬の処方など、関連情報の開示は、必要に応じて行うべきものです。そこで、必要な人が必要な時に情報を見られるように、権限に応じてアクセス許可を設定できるようになっています。
また、その時に使うデバイスは、職種によってコンパクトであったり、また情報が沢山表示できるようにワイド画面であったりと、用途ごとにいろいろな機種が混在します。そこで、弊社の電子カルテシステムは、いろいろなサイズのデバイスが混在しても構わないように、画面サイズ毎にカスタマイズをしています。どの機種でも見やすさと操作のし易さを実現しているのが弊社のシステムの特長です。」
「なるほど。」
そうして質疑応答は続いていったが、松木メディカルのエースの山田の受け答えには全く澱みがなかった。
「志乃さん、なんかいい感じですね。でも、僕緊張してきました。こんな人の後で何を言っても僕かすんでしまいますよ。」
しかし、志乃は、ことも無げに数人に告げた。
「別に緊張しなくていいんですよ。私たちのプレゼンは別のプロに頼みましたから。」
「えっ、えーっ、ならどうして、あんなに繰り返し練習させたんですか?」
「ごめんなさい。あれは練習じゃなかったんです。実際にしゃべって貰って、言葉を手直ししていたんですよ。」
「はあ、なんだ。ホッとしたと言うか、緊張して損したと言うか、残念と言うか・・・。」

タグ・トレーサー

「では、ここまでで、私どものプレゼンデーションは一旦締めまして、あとは松木電子に引き継ぎたいと思います。」
そう山田が締めくくると、後ろの扉から一人の男性が姿を現した。
背の高い、立派な体格の30くらいの男性で、大股であっと言う間に会議室の前方までやってくると、皆に向かって深々と頭を下げた。
二枚目ではないが、笑い皺が至るところに刻まれた好感の持てる顔立ちだった。
そして、その男性はよく通る声で説明を開始した。
「失礼します。では、松木メディカルに引き続き、私ども松木電子のご提案する病院向けタグ・トレーサーについてご説明します。」
落ち着いた態度、そして身振り手振りを交えた分かりやすい説明、明らかにプレゼン慣れしているのが見て取れた。
「志乃さん、本当にプレゼンのプロですね。」
「そう、とっておきの秘密兵器なの。」

男性は、まず、タグ・トレーサーの予備知識について簡単に説明を行い、その上で今回のプレゼンデーションの肝になる部分について話し始めた。
「今回のご提案の一番の要点についてご説明します。
タグ・トレーサーとは、本来、人間にICタグを身に付けて貰い、室内に張り巡らせたセンサーで、その人の現在位置をリアルタイムに検知するものです。これにより、院内のドクターやスタッフ、さらに患者様の現在の場所を本部からいつでもモニターすることができます。
さらに、この提案は、電子カルテシステムとの連携がポイントになっています。それは、電子カルテシステムの端末を、ドクターが患者さんの病歴や状態を記録するのみならず、ありとあらゆる用途で活用するところから生まれた利点です。
たとえば、手術や治療の際の器具出しは、この病院ではどなたが行われていますか?」
そう言って目の前の看護師長らしき人に意見を求めた。
「それは、もちろん、私たち看護師の大切な仕事です。器具に対する知識も要りますし、もし万一間違いがあれば取り返しがつきませんから。」
「それは、病院にとって常識でした。ただし、今までは、です。」
看護師たちの怪訝な顔に構わず、男性は続ける。
「今回の電子カルテシステムの端末には、手術や治療の内容に応じて必要な器具の組み合わせが登録してあります。さらに、ドクターが手術の特性に応じて情報を書き換えれば、器具出しの担当者にもリアルタイムで共有されます。
ただ、必要な器具の名称が分かったところで、それが何なのか知識がなければ、器具出しの作業は行えません。そこで、まず置き場の器具毎にICタグを装着します。そして、端末から器具出しの指示書を呼び出すと、画面に器具の名称、形状、数量、さらに置いてある棚の位置まで表示されます。あとは、その情報をもとに器具を取り出せば、たとえば外部から派遣された人間でも正確な作業が可能です。
すると、看護師の皆さんの負担が軽くなり、本来の業務に集中することができます。そして、院内のケア体制を向上させることができるのです。」
そこまでしゃべって、聴衆に目を転じると、明らかに目の色を変えている看護師たち。
プレゼンターは満足して、ニッコリと笑った。
それは、見るものの心を引きつける会心の笑みだった。

(志乃さん #4に続く)