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13.志乃さん #02【おとこ前始動】

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

居酒屋

「私あまりお店とかいかないので、昔来たきりなんですけど。」
「いや、志乃さんがこんな店を知っているなんて意外でした。」
古澤志乃(ふるさわしの)が一二三数人(ひふみかずと)を誘ったのは、地下鉄で2駅先の落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。
主な客層は30代以上で、みな顔馴染みらしかった。

「あの、課長でしょ。」
数人は少し遠慮がちに志乃に聞いた。
「えっ?」
「やっぱり。今日僕変でしたもんね。それで、変に気を回させちゃったみたいで。志乃さんにも迷惑かけちゃいましたよね。」
(はあ、バレてるんだ。)
しかし、志乃は少し安堵した。
「いいえ、たまには良い気晴らしです。」
「うちの方は大丈夫ですか?」
「はい、何とか頼んでお許しが出ました。」
「えっ?」
「嫌ですねえ、冗談ですよ。」

カウンター席についた二人に、女将が手書きのお品書きを勧めてくれる。
「じゃあ、僕、ビール、大ジョッキで。志乃さんは?」
「私は酎ハイ、やっぱり大ジョッキで。」
そして二人は乾杯し、ジョッキグラスを傾けた。
ジョッキの3分の1ほどを飲み干した数人は、口についた泡を拭いながら、「ふう」と息を吐いた。そして、志乃の方を見ると、まだ彼女はジョッキを傾けて一息に飲み干そうとしていた。
(えっ、す、凄い・・。)
驚く数人に構わず、ジョッキを全て一気に流し込むと志乃は「ふううっ」と大きく息を吐いた。そして、数人に顔を向けて歯を見せて笑った。
「お、お見事です。」
「呆れたでしょ。」
「なんていうか、イメージが変わりました。」
血管に巡り始めたアルコールで火照った顔を持て余して、志乃はトレードマークの黒ぶち眼鏡を外してカウンターに置いた。
眼鏡を外した彼女は、キリッと整った顔だちをしていた。そして、いつもの化粧っけない顔にも赤味がさして、こころなしか女っぽかった。
暑くなってきたのか、志乃はシャツの第2ボタンまで外して首もとを露わにした。その形の良い首もとに、傍らにあったお品書きで、細い指がしなやかに動いて風を送っていた。
思わず数人はその光景に見とれてしまったが、ハッと気がついて、それを誤魔化すようにジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。

笹嶋のいう通り、数人はアルコールが入ると相当口が軽くなるようだった。
趣味のこと、好きな音楽や映画、子供の頃の夢、自分のことを臆面もなく語って話は尽きなかった。
その数人の取り止めもない話を、志乃は面倒がらずに聞きながら、うん、うん、といちいち頷いていた。
「へえ~」
「さっすがあ」
「凄いじゃない」
「そうなんだ」
いつの間にか、彼女の合いの手は、すっかり歳下に対する先輩の言い方になっていた。
いつもは後輩に対しても丁寧な物言いを崩さない志乃だったが、どうやらお酒が入るとアネゴに豹変するようだった。
(なんか、志乃さんって、兄貴みたいだな。)
数人には、普段からは想像もできない志乃のサバサバした受け答えがとても心地よかった。

やがて、数人の珍しい名字について話が及ぶと、彼は少しずつ家族のことを話し始めた。
「名字が一二三で、名前が数人でしょ。当然、周りは数学が得意だと思うじゃないですか。」
「そうよね、私もそう思ったもん。」
「ですよね。でも僕は理系はさっぱりで、昔、付き合っていた彼女から『名前負けしてる』って振られたこともあるんですよ。」
「うわあ、ひっどおい。と言うことは、妹さんもそれ系の名前?」
「妹は、ふみよって言います。一二三 二三四(ひふみ ふみよ)。ねっ、ひどいでしょ。」
「ホント、よく役所が受理したねえ。」
「あはは。ホントですね。でも、妹は僕と違って理系は得意だったんですよ。それで、医療系に進んで、去年から看護師として働いているんです。」
「確か、A病院に勤めているんだよね。」
「ははっ・・・今はあまり思い出したくないんですけどね・・・。」
「あっ、ごめんね、やなこと言って。」
「でも・・・。」
「ん・・・?」
「でも・・・やっぱり言わなきゃ駄目ですよね。」
「ん~っ、その・・・。」
「いいんですよ。」
「ごめん、でも、やっぱり気になって。」
素直に志乃は認めた。
「一人で抱えていても辛いだけだもん。言えるところまででいいから、何があったか教えてくれない?」
「分かりました。でも、課長にも・・・言うんですよね?」
(これも、バレバレかあ。)
「えっ、まあ、ん万円も貰ったし・・・。」
「ん万円?」
「えっ、いいえ、なんでもないの。」

経緯

それから、数人はA病院での出来事を少しずつ語り始めた。
「妹はA病院の外科病棟に勤めています。A病院では、シフトを組んで交代でナースが詰めていて、その夜は妹と先輩の楢崎さんが当直でした。そして、深夜の2時頃にナースコールがあったんで、高畑さんという若い女性患者さんのところへ二人で向かったんです。」
「彼女は前の日に大きな手術をしていて注意が必要な状態でした。
高畑さんがめまいがすると言うので、楢崎さんが測ってみると血圧が異常に下がっていたんです。すぐに当直の先生に連絡をしました。ところが、その先生は急変した別の患者さんの対応で手が離せなかったので、高畑さんの担当医の厨山(くりやま)先生に連絡するように指示をされたんです。
でも、さすがに夜中の2時だったので、最初はなかなか出て貰えなかったんですけど、何度かかけるうちにやっと応答があって、厨山先生からは血圧を上げる薬剤の投与を指示されました。」
「ところが、その指示された薬の量が通常の何十倍だったんです。楢橋さんは厨山先生に何度も確認して、それを妹も聞いていたそうです。でも、厨山先生は自分の指示を聞き直されたことに腹を立てて、『俺が責任を取るからいう通り投与しろ』と決して譲らなかったんです。
それで、仕方なく指示通り投与したら、しばらくして高畑さんが急に苦しみ始めました。慌てて当直の先生に連絡を取って処置して貰ったので、とりあえずは事なきを得ましたが、でもそれだけでは終わらなかったんです。」

数人によれば、高畑さんは、実はA病院の理事長の姪で、その理事長が彼女から顛末を聞いて激怒したのである。
当直医から薬剤の投与ミスが原因と聞かされた理事長は、今回の原因がどこにあったのかを執拗に追求した。そして、まず担当医の厨山が呼ばれ、事情を聞かれた。
「君の指示にミスがあったのではないか?」との質問に、しかし、厨山は「私の指示にミスはありません。あれは勝手に看護師がしたことです。」と答えた。当然、それに対して楢橋看護師は、「私は厨山先生の指示に従っただけです。」と否定した。
どちらかが、ウソをついていることになる。しかし、院内で優秀な外科医として評価されている厨山に比べて、一看護師の楢橋の言い分は部は悪かった。一旦、楢橋看護師の懲戒に傾きかけたが、対して彼女は激しく抗議し、さらに「厨山先生の指示は、一緒に当直だった一二三看護師も聞いています。どうか確認してください。」と訴えた。
事が起こったのが、月曜日の深夜で、厨山と楢崎への諮問が行われたのが、1日置いた火曜日の朝10時だった。
ところが、その時、一二三 二三四は、当直を外れて帰宅していたので、改めて関係者を集めて事情を聴くことになった。また、当の理事長が今週一杯出かける用事があるため、二三四を交えての聴取は来週の月曜日に持ち越された。
そして、A病院の事務長から数人に電話があったのは、その1時間後だった。

事務長の昌元は、数人を応接に通すと、まずは彼の提案と提示した金額を評価した。
「正直、一部ではN社の方が実績もあるし、安心じゃないかという意見もあったんだが、提案もよく練りこんであるし、金額もうちのことを考えて出してくれている。
それに、松木電子さんは規模こそ中堅だが、電子機器の世界では名の通った会社だ。だから、私はあなたの会社の提案を推そうと思う。」
「あっ、有難うございます。よろしくお願いします。」
「まだ若いのに君はなかなか見所がある。これからもたのむよ。」
「恐れ入ります。必要ならなんでも仰って下さい。」
「うん。ついては、私から一つ頼みがあるんだが、良いかな。」
「はい。」
「実は、唐突なことで、また個人的なことなんだが、あなたの妹の二三四さんのことで相談があるんだ。」
「ふ、二三四ですか。」
ビジネスの話が急に家族の話に及んだので数人はドキリとした。
「実は、うちのドクターと看護師の間でちょっとした行き違いがあって、揉めているんだ。いや、よくあることなので、いつもなら余り問題にならないんだが、今回はうちの病院の上の方が絡んでいて、少々手こずっていてね。」
「はい・・・。」
「看護師もなかなか強情で、自分の言い分を曲げない。挙句には、君の妹の二三四さんまで引っ張りだして、『一二三看護師に確認してくれ』と言いだしたんだ。まったく君の妹さんには、傍迷惑なことだろうが、ここはひとつ穏便に事を収める為に、一二三看護師には『何も聞いていない、知らない』で通して貰いたいんだ。」
「それだけでは、どうお答えすれば良いのか・・・。」
「そこは、察してもらえないか?いや、それとも、私の方が無理を言っているのかな。」
紳士的な言い方をしていた昌元が、そこで少し押し込んできた。
「い、いえ。そう言うわけでは。でも・・・妹がそう言うことで、誰かに迷惑がかかることはないのでしょうか?」
「いや、むしろ、人助けになると思ってくれ。ここまで来たら、分かりやすく話すから、君も他言無用だよ。分かったね。」
「は、はい。」
「実はね、相手のドクターは、厨山医師と言って、私が以前、他の病院のエースを引き抜いたんだよ。それも、次の外科部長候補としてね。
当院の外科部長は、次期院長にもっとも近い立場なんだ。つまりは、当院の体制を安定させるためには、どうしても私の息のかかった者を外科部長、そして、何れは院長のポストに座らせる必要がある。
その大事な時期に、理事長の不興を厨山医師が買うのはまずいのだよ。だから、君の妹さんには、少しだけ、しかも一度だけ口を噤んで貰えれば、全てがうまく収まるんだ。」
どんどん不穏な方向に進み始めた話に、数人は自分がのっぴきならないところに立たされていることを感じていた。
「もちろん、相手の看護師も悪いようにはしないし、妹さんにもこれから目をかけよう。そして、何より君は、私に貸しを作ることになる。この意味は分かるね。」
「は、はあ。何れにしても、妹にも聞いてみないと。」
「それは、そうだ。大事なのは妹さんの気持ちだ。」
ここで、昌元はもの分かりの良い体をとりながら、さらにダメ押しをした。
「それと、松木電子さんの子会社の松木メディカルさんだったかな、今、電子カルテシステムの商談が大詰めでね。そちらも、悪いようにしないからね。」
(メ、メディカル・・・?)
「そうだ、明後日の木曜日、松木メディカルさんの院長プレゼンの日だったな。その日に、今の答えを聞かせて貰おうかな。」
「木曜日にですか。」
「その日に、一緒に君の提案も院長によく話しするつもりだ。」
そして、事務長の昌本は少し冷たく目を光らせて、こう続けた。
「実は、私達の対抗勢力が、現外科部長の一派なんだ。その彼らが、今回の厨山医師の一件を嗅ぎつけている。ひょっとしたら、妹さんにも接触があるかも知れん。そして、もし、一二三看護師から不利な話が飛びだそうものなら、相手はそこをネタに厨山医師を追い落としにかかるだろう。そうしたら、彼を推している私も困るし、松木電子さんとメディカルさんにとっても決して良いことにはならないからね。」
そう言い放った昌元の目の光の冷たさに数人は身震いのする思いがした。

4杯目の酎ハイ

「その後、すぐ妹に電話して、何があったのかを聞いたんです。
妹は、厨山医師の指示ミスをしっかり覚えていました。そして、話の看護師が楢橋さんだということも教えてくれました。」
「よく知っている人?」
「はい、妹の指導担当だった人です。A病院に入りたての右も左も分からなかった頃の二三四をよく面倒見てくれました。楢橋さんのことは、いつも妹から、『いい先輩に当たって良かった』と聞いていました。それに、彼女はシングルマザーで、女手ひとつで小学生の男の子を育てているんです。
だから妹も、今回のことで楢橋さんが困ったらことにならないように心配していました。」
志乃は、右手で軽く頬杖をついて数人に尋ねた。
「で・・・?」
「はい?」
「今回の事務長の話、妹さんに伝えたの?」
「いや、とても無理です。
事務長は楢橋さんのことを悪いようにはしないと言ってはいますが、理事長の手前そんなことができるはずがありません。だから、妹が事務長の言う通りに嘘をつけば、大切な恩人を裏切ることになります。」
「そうね。そうだと思う。あのね、会社の商談が失注するくらいなら後でなんとでもなるわ。でも、妹さんに嘘を言わせたら、一生抱えて生きなきゃならないもの。」
「はい、そう言ってもらえると・・・。」
「でも、松木メディカルを人質に取られたのはシャクね。」
「はあ・・・。メディカルは、松木社長の肝入りですもんね。もし、その商談を僕が原因で潰したら、どんなに周りに迷惑がかかるか。」
「それが分かってカードを切っているのよ。メディカルのプレゼンの日に合わせて回答を聞かせて欲しいなんて、絶対ノーって言わせないつもりよ。」
「はあ・・・・・・・・・・・・・。」
数人の長い嘆息を聞きながら、志乃は唇を突き出して怒ったような顔をした。
「お偉いさんの癖にやり方が姑息なのが気に入らないわ!
・・・すみません、女将さん、酎ハイ、大ジョッキでもう一杯ください!!」
「はあい、酎ハイ、大ジョッキ1杯ね。」
「ちょ、ちょっと、志乃さん、もう4杯目ですよ。大丈夫ですか?」
「あはは、なんのこれしきい。」

やがて、カウンターに大ジョッキを運んできた女将に数人はこっそりと耳打ちをした。
「すみません、これで帰りますから、タクシーを呼んでおいてください。」
「心配いらないですよ。いつもこの人こうだから。」
「えっ、常連なんですか?」
「ただ、この1年くらい姿を見せなかったけどね。酎ハイの一気飲みはこの人のオハコなの。飲みっぷりがいいのと、あとこのキャラでしょ。すっかり他の常連さんの人気者になって、『おとこ前姉さん』って言われていたのよ。」
「おとこ前ですか。なるほど。」
「でもね、普通は二杯だけなの。三杯目は、余程嬉しいことがあった時。そして、四杯目は・・・かなり頭に来てるわよ。」
「ええっ、お、怒っているんですか?」
「そうよ、あなた、なにか彼女を怒らせるようなこと言ったんでしょ。」

ガタッっと音を立てて、志乃はジョッキ片手に立ち上がると、「皆さん、シノでえす。」と声を上げた。
その声に周りの常連達が一斉に彼女を注視した。
「あっ、シノちゃんだ。」
「ほんとだ、シノちゃあん。」
「いままでどこ行ってたの、オジサン寂しかったあ。」
一斉に湧き起こった喧騒に、数人はびっくりしていた。
(志乃さん、どれだけ人気があるの?)
「ねえ、ねえ、おとこ前姉さん、いつものやってよ。」
「そうそう、シノちゃん、おとこ前!」
その野次が、いつの間にか手拍子と歓声に変わっていた。
「シノ、シノ、シノ。」
「シノ、シノ、シノ。」
「シノ、シノ、シノ。」
その喧騒の中で、志乃は息を吸い込んでグラスに口をつけると、そのまま一気に流し込みはじめた。
ゴクゴクと、彼女の喉の鳴る音に合わせて、歓声はますます高まっていった。
「シノ、シノ、シノ。」
「シノ、シノ、シノ。」
「シノ、シノ、シノ。」
やがて、グラスを干して、「ふううう」と大きく息を吐いた志乃は、常連達にトビッキリの笑顔を返した。
「皆さん、有難うございました。」
回りも、彼女に大きな拍手を返してくれた。
「おおっ、おとこ前スマイル!」
「おじさん、幸せ。」
「ねえ、ねえ、こっち来ておじさんと一緒に飲もうよ。」
ちょっと志乃は照れ笑いしながら、「あははは、ごめん、ごめん、今日はツレがいるの。」と軽くいなしていた。
「え~っ、それ彼氏い。」
「ち、違うって!」
「おい!シノちゃん泣かしたら、お前八つ裂きだからなあ。」
「だから、違うってえ。」
そんな喧騒も静まり、再び席に腰を降ろした志乃は、「ああ、気持ちいいなあ、ここ。」とカウンターに突っ伏した。
(へえ、おとこ前だけじゃなくて、可愛いところもあるんだ。)
そんな志乃を数人が見ているうちに、スースーと寝息が聞こえてきた。
「あっ、志乃さん、ここで寝ちゃダメですよ。ちょっと、志乃さん!」
慌てた数人に揺り起こされた志乃はガバッと上体を起こしたが、その眼は完全に座っていた。

「ねえ、一二三数人くん、悔しいよね。」
さっきまでと、まるで声のトーンの違う志乃に、数人はちょっと引き気味だった。
「えっ?」
「だからあ、あの事務長のこと。」
「く、悔しいですよ。」
「だよね。なら、明後日、その昌元って言う事務長、ギャフンと言わせてやらない?」
「それは、僕だって・・・ギャフンと・・・。」
志乃の言葉を口の中で繰り返した数人はたまげて言った。
「エーッ!そんな、どうやってギャフンと言わせるんですか?」
「まだ、ノープランよ。でも、どうしてもギャフンと言わせてやるの!」
「そんな、無茶したら、商談は潰れるし、僕たち会社から追い出されますよ。」
「うるさあい!ツベコベ言うな!会社を首になっても、君には大切な家族が残るでしょ?」
「でも、志乃さんはどうするんですか?もともと何の関わりもないんですし、最悪僕一人詰め腹を切れば済むことですから。」
「この志乃さんが、そんなことをさせるもんか。大船に乗った気持ちで、私に任せて頂戴。」
ここで、数人は志乃に聞こえないように、こっそりとぼやいた、
「はあ、泥舟の間違いじゃないですか・・・。」
「なんか言った?」
「い、いえ、なんでもありません。」
「分かったら、明日の予定はすべてキャンセルしなさい。」
「えっ、そんな困ります。」
今夜の志乃は完全に数人の手に余っていた。
「なら聞くけど、今のモチベーションで仕事になるの?」
「そ、そりゃそうですけど。」
「じゃ、明日は忙しくなるわよ。それに備えて今日はグッスリ寝ておきなさい。」
「分かりました。」
「じゃ、明日会社でね。」
そう言って、立ち上がろうとした志乃であったが、足元がふらついてカウンターに寄りかかった。
「あははっ、足に来たみたい。」
「ほら、言わんことじゃないでしょ。僕送っていきますよ。」
「あっ、いいって、いいって。ちゃんと帰れるう。」
志乃はまた口を尖らせた。
「そんな、無理ですよ。」
「本当に大丈夫だから。」
「ったく・・・分かりました。女将さん、タクシー呼んでください。タクシーのところまでならいいでしょう。」
「あっ、女将さん、お勘定と、あと領収書をお願いします。」
「何ですか?領収書って?」
「えへへ、いいの、いいの。」
志乃は、一生懸命ごまかし笑いをした。

(志乃さん #3に続く)