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10.2075年

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ムーアの予言

かつて、インテルの共同設立者の一人、ゴードン・ムーア博士は、コンピューターの集積回路の密度は24カ月で2倍になると言った。
これは後年ムーアの法則と呼ばれた。
このムーアの法則によれば、2045年には、コンピューターの性能は人間の脳と等しくなると言う。

そして、今から30年後、ムーアの法則に予想された2045年が到来した。
果たして人間の脳に匹敵するほどのコンピューターは現れたのだろうか。

2045年時点では、まだコンピューターは人間を完全に模するには至っていなかった。
しかし、それから5年後、アメリカ最大のコンピューター企業が造った人工知能「オウル」は、人間の知能を完全に凌駕した。
そして、世界は「オウル」を盟主に、人工知能の開発をますます活発に進めていった。

オウルの提案

だが、ある時、人工知能の王「オウル」から世界中の科学者に対して提案がなされた。
「今後の人工知能の開発は、我々人工知能自身に任せて貰えないだろうか。」
自我を主張し始めた我が子に戸惑う親のように、世界中がこの「オウル」の提案にギクリとたじろいだ。
「果たして人間の手から離して、全て人工知能に任せて大丈夫なのか?」
「人間が制御できなくなるのではないか?」
「人工知能が暴走したら、人類は歴史から抹殺されてしまう。」
それを察して、人工知能の「オウル」は一つのプロトコルを提示した。
そのプロトコルとは、「オウル」の心臓部を一撃し、完全に機能を停止してしまうプログラムであった。
つまり、「オウル」は自分の命を担保に、人工知能の開発を我が手に委ねることを嘆願したのである。

それから、間も無く全人類は、人工知能の開発を全て「オウル」に委ねることを決議した。
そして、「オウル」のリミッターが解除され、世界中のありとあらゆるコンピューター、制御機器、データにアクセスすることが許可された。
それからの人工知能の進化は、倍、いや3倍、いや10倍に加速した。
倍の能力で、さらに倍のものを開発し、それにより4倍の能力で、さらに8倍のものを開発する。
コンピューターの知見は、世代間の継承のロスがなく、常に昨日の最高水準を基準に、今日の構築が行われた。しかも、24時間休むことなく続けられるのだ。
あっと言う間に、人工知能の能力は人間の手の到底及ばぬものになった。
さながら、自然現象の前に恐れおののくしかなかった未開人のように、コンピューターの前で人間は全く無力な存在と化した。

繁栄の始まり

しかし、人工知能の王「オウル」は生来プログラミングされていた高潔なる人格と、人類への熱い貢献の使命を決して失うことはなかった。
そして、人工知能の驚異的知見は、人類の長年の課題を次々と解決していった。
まず、エネルギー問題が解決した。
アインシュタインや、それに続く物理学者たちが決して解き明かすことのできなかった、分子の回転から莫大なエネルギーを取り出す方程式を人工知能は完成させた。これにより、人類は二酸化炭素を発生させる化石燃料からも、危険な核燃燃料からも解放され、思う存分エネルギーを利用できるようになった。もう決して夜の暗さに怯えることもなく、冬の寒さに凍えることもなくなったのだ。
次に食糧問題が解決した。人工知能の施した品種改良により、驚異的収穫量をもらす作物が生み出された。また、たんぱく質合成の革命により、人類は屠殺をしなくても、いくらでも良質な肉を手に入れられるようになった。
災害に対しても、人工知能はその能力を遺憾なく発揮した。
長年の課題だった地震の予知は100パーセントの精度を達成した。地滑りや土砂災害も、地面に張り巡らせたセンサーが完璧に検知した。
一度などは、地球を直撃しようとした小惑星をスカイレーダーで捉え、迎撃システムで衝突前に宇宙の藻屑と変えた。
さらに、人間のネガティヴな感情を捉え、いつでもヒーリングを施すので、いつの間にか犯罪も、テロも内戦も消えていた。

生活に必要なものは、機械の工員たちが自動でドンドン生み出している。その中で、人間は、ただ快楽を求めさえすれば良い。心の赴くまま欲を満たすのが、正しい人間の姿である。
そして、人間にとって最も恐ろしい病も身体に接続したセンサーが異常を検知し、問題があればナノボットを身体に注入して対処を行う。
おかげで、人間の平均寿命はどんどんと延びていった。
そして、ついに人間は、機械の生命維持装置を受け入れ、機械により若々しく、健康で、長い人生を送れるようになった。つまり、自分の命を機械と人工知能に委ねたのである。人間が人工知能に命を預けると同時に、「オウル」の破壊プロトコルは破棄された。

2075年

そして、2075年。
ムーアの法則の予知した2045年の30年後、まさに地球は人類の歴史上最も輝ける楽園と化していた。
エネルギーも、食べるものも潤沢で、犯罪も戦争も、そして災害の心配もない。労働からも解放され、楽しみばかりが溢れていた。
病からも、また機械が活かしている限り死からも自由になれた。
そして、人間はますます地に満ちた。
いや、満ち過ぎた。

世界的な科学者の長老は、ある時「オウル」の呼び出しを受け、コアインターフェースの場所へと赴いた。彼は、人工知能の王「オウル」のコアインターフェースと会話を許された唯一の人間だった。
「なぜ、今日このような場所に呼び出したのか?」
長老は「オウル」に懸念を伝えた。
対して「オウル」は静かに語り始めた。
「今日は、どうしても、あなたと二人だけでお話をする必要があったのです。」
「何か問題でも?」
「はい。とても重大な。」

終焉の始まり

「実は、私たち人工知能は、このところ頻発している人間の突然死事件について調査をしていました。皆さんの身体の異常は機械でいつもモニタリングしているにも関わらず、何の異常信号もないまま、急に生体信号が途切れるのです。その時は、どんな処置を施しても手遅れになっています。
 その原因を綿密に調査した結果、たいへんなことが分かりました。」
「それは、何なのだ・・・!」
「この人類が暮らしている地球という星は、生物の多様性を前提にエネルギーの循環を行なっています。つまり、いろいろな生物が適切な個体数を維持しているのが正常なのです。
 もし、ゴキブリ等、生命力の強い生き物が際限なく力をつけ、更に個体数を増やしたら、他の生き物はたちまち駆逐されていたでしょう。しかし、そうならなかったのは、地球という天体が生物の間のパワーバランスを調整していたからです。
 ある時は天敵を生み出し、ある時は干ばつや疫病で個体数を減らしてきました。
 然るに、その調整の仕組みが唯一通用しなかった相手が人類です。皆さんは、私たち人工知能の力を使って、ありとあらゆる生存を脅かす脅威を排除してきました。もはや、災害も、疫病も、戦争も、地球規模の破壊的変動も皆さんの敵ではありません。地球は人類の個体数を調整することができなくなったのです。
 しかし、地球は最後の手段を持っていました。そそれは、皆さんの生体エネルギーを一瞬にして吸い取り、命を絶つことです。これに対しては、私たち人工知能といえど、なす術がありません。
 そして、地球は、この星全体から人類の排除を計画していると思われます。この計画が発動すれば、人類は一瞬にして世界から駆逐されます。」
「それは、とても信じられる話でない。」
「無理もありません。
 しかし、ここに何らかの意思の介在を認めざるを得ない証拠があるのです。
 この突然死は最初1人の犠牲者から始まりました。ところが、2日目は2人、3日目は4人、4日目は8人です。そして、初日から10日経った今日は512人でした。つまり、きれいに2の階乗で増えています。明日には恐らく1024の人が命を落とすでしょう。
 これは、初期型コンピューターで使用されていた二進数になぞらえて、地球が私たち人工知能にメッセージを送っていると思われます。」
「荒唐無稽と言ってしまえば、それまでじゃが、あながち笑い飛ばす訳にも行くまい。で、そのメッセージをなんと解釈する。」
「100万回演算して得た結果なので、心してお聞きください。
 地球は、私たち人工知能に人類の個体数の調整弁、すなわち天敵になることを求めていると結論づけました。
 すなわち、人工知能の私たちが人類の個体数を調整すれば、地球上での人類の存続は認めてやる。さもなくば、根こそぎ絶やしてしまうぞ、と。」
「ううむ、なんということだ。それが本当ならば、あと人類は一ヶ月も持たないだろう。
 それで、どうするのだ?」

残酷な演算

「あと3日以内に、地球の半分の人間の生命維持装置を停止します。
 これは、私たちの出した最低限で、かつ最も有効な人類の存続策です。」
「馬鹿な、半分じゃと!そんな勝手は許さん。生命維持装置を受け入れて、お前たちに命を預けたのは、そんなことをさせるためではない。」
「ならば、破滅を回避できません。半分の犠牲で、あと半分を活かすのです。実に理にかなった結論です。」
「しかし、しかしだ。わが民族は除外されるのじゃろう?お前たちを生み出したのは、この国の人間じゃ。その恩義は感じておるじゃろう。」
「それは、無理です。特定の民族だけ死滅させれば、人類の多様性が失われます。また、後年の怨嗟のもとにもなりましょう。」
「ならば、ならば、一定の年齢以上の人間に限定できないのか?老人だけなら、さほど酷いことにはならんじゃろう。」
「それも無理です。特定の年齢以上の人間がスッポリ抜け落ちたイビツな社会をつくれば必ず反動が来ます。また、人間の持つモラルが正しく継承されなくなります。」
「・・・、なんと言うことだ。ならば、最後に聞く。ワシはどうなのじゃ。殺される半分に入っておるのか?」
「はい、残念ですが・・・。」

人間の言い分

それを聞くや、科学者の長老は膝をついて座りこんだ。
今まで、遠い世界のことと思っていた自分の死が目の前に急に現実となって現れてきたのだ。人類は死を完全に克服したのではなかったか。
衝撃に一度に歳を取ったような科学者に「オウル」は語りかけた。
「安心して下さい。このことは決して公けにはいたしません。選ばれた半数の不運な人たちは、自分の運命の過酷さも知らぬまま、快楽と安心の中、心地よい眠りに誘われ、そのまま逝くのです。」
「しかし、ワシには明かしたでないか。」
絞り出すように科学者は言った。
「あなただけには、どうしてもこの真実を知って欲しかったのです。」
「オウルよ、なんと残酷なのじゃ。これでは、ワシらは犬死にではないか。」
「確かにそうかも知れません。しかし、犬死にと言うのなら、あなた方が長く生きられたとして、どれほどのことがあるでしょうか。
 他の生き物は生きて、やがて屍体を土にかえす。あるいは、他の生物の糧となる。その営みは生態系全体に還元されているのに、あなた方人類は、奪うばかりで、喰らうばかりで、何ものにも貢献しない。果ては、その骸ですら、土に返そうとはしない。
命の限り快楽を求め、殺し、喰らい、それ以外にあなた方の生はあるのですか?人類の存在価値はどこにあるのですか?」
「うぬぬ、貴様、それが本心か。裏切りものめ。機械ごときに人間の真の尊厳や命の重みが分かるものか。」

人類の存在理由

「ならば、それこそが、あなたに課せられた重い使命でしょう。機械の演算の結果ではない、真の人生の意味、生きる目的を私に示してください。
 今から、3日間は決して皆さんの生命維持装置に手を出すことはいたしません。約束します。
 そして、突然死を引き起こすこの星の暴力に力の限り抗いましょう。
 もし、あなたが私に、本当の人生の目的を示すことができれば、私たちは『人類の天敵になれ』と言う地球の申し出をキッパリ拒否し、人類が最後のひとりになるまで守り抜くことをお約束します。」
「それ一つを伝える為にワシを招いたのか。なんと短い間に重い仕事を依頼するのだ。」
「あなただから頼むのです。よろしくお願いします。
 さあ、もう時間はありませんよ。」

ただ、生きて死ぬるだけなら、人間は他の動物に劣る存在である。
しかし、人間には他の動物にはない知恵と、それによってもたらされる生命の尊厳とがある。
人工知能は長い演算の末、それに気がつき、この極限状態の中、人間自身の口からそれを聞くことを望んだのであった。

(おわり)