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09.星の降る夜に

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海から来た恐怖

ライナが東の国に連れ去られたのは、まだ10歳の時だった。
ライナは赤毛と、深い緑色の瞳のやせっぽちの少女だった。
はるか西、海の近くの小さな家で、機械技師の父親と母親の3人で暮らしていた。
しかし、彼女が10歳の誕生日、海から男たちがやってきた。

家の庭にひとりでいたライナは、あっという間に男達に取り囲まれ、海へと引きずられていった。
いつも慣れ親しんだ海が、真っ黒い絶望の色へと変わった。
突然の恐怖に声もあげることができなかったライナが、海岸の砂地に置かれた小船に乗せられる前に小さく叫び声をあげた。
そして、その声を聞きつけ、家から父親が走りだしてきた。
しかし、その頃はもう小船は沖に向かって漕ぎ出していた。
遠目に海に飛び込んで懸命に泳いでくる父親の姿が見えた。しかし、矢のように走る小船はどんどん沖へ沖へと進んで、みるみる父親の姿は小さくなっていった。

ライナは声を震わせて懸命に父親と母親の名を呼んだが、声は激しい波の音にかき消されるばかりだった。
小船の男達は、終始無言で、無表情で、そして冷たい目をしていた。ライナは彼らに腕をつかまれて遁れることはとても叶わなかった。
男たちの不気味さと、これから待ち受ける過酷な運命を思い、ライナの心は凍り付いていった。

嘆きの航海

はるか沖には、大きな船が浮んでいた。
その周囲に小船が次々と集まってくる。
小船には同じように無表情の男たちと、彼らにさらわれて来た子どもたちが乗っていた。
どの子どもも泣き叫ぶ声が枯れ果てて、青ざめて血の気の引いた顔をしていた。
やがて子どもたちは船に引き上げられ、薄暗い船倉に押しこめられた。
そして、辛く苦しい東への航海が始まった。

ただ同じ年恰好の子どもたちと一緒なことだけが、唯一心強かった。
「あいつらは人さらいだ。」
ある少年が口にした。
「ずっと東に世界中を回って、子どもをさらっている国があるんだ。きっとそこの兵隊に違いない。」
「さらわれた子どもはどうなるの。」ライナは不安を押し殺して聞いた。
「さあ、よくは知らない。きっと、奴隷にされるか、見世物小屋に売られるか。そう言えば、東の国の王様は子どもの生きた肝を食べると聞いたことがある。」
その話に、子どもたちは一斉に叫び声を上げた。
「食べられたくない」
「死にたくない」
「おうちに帰りたい」
「馬鹿、もう絶対帰れないんだ。」
少年は自分の恐怖を押し殺しながら、真っ赤な顔をして声を荒げた。
そして、その日の夜、ライナは高熱を出して寝付いた。
夜、食事を運んできた男は、ぐったりとしたライナを見つけると、上の船室に連れて行った。
そして、意外にも、ライナは手厚い看護を受けることになる。
憐みからではない。ライナは大切な商品なのだ。遥か遠くの海まで航海をして、かき集めた子どもたちの数を減らすのは避けたかった。
やがて、回復したライナは、また薄暗い船倉に戻された。
激しい船の揺れと、日のささない船倉の中で、次々と子どもたちは体調を崩した。彼らもまた同じように上の船室での看護を受け、結果一人の死者もだすことなく船は3ヶ月間の航海を終えた。

奴隷市場

東の国に着くと、子どもたちは手鎖をはめられ船から陸に上げられた。
彼らは市場の隣の建物に引かれていき、そこで旅の垢を洗い流した。そして小奇麗な服に着替えをさせられた。
今から奴隷市が立つのだ。商品は彼ら子どもたちだった。
建物から子ども達は一塊になって引き出され、次々と競り落とされていった。
買うのは、この街の裕福な身なりをした大人たち。子ども一人につき、多額のお金がやりとりされた。
一団がさばけると次の一団が引き出された。
そうして、延々と子ども達の売り買いは続いていった。

ライナは、最後の一団の一人として引き出された。
すでに時刻は夕闇が迫っており、市の人影はまばらだった。
そして、ライナは最後まで売れ残って、商人達は帰り支度を始めた。
腹の突き出た巨漢の商人は、ライナを指差して「このガキ、売れのこっちまったがどうする」と仲間とヒソヒソ声を交わしていた。
「そうだな、絞めて豚の餌にでもするか」と仲間の男はにやりとした。
ライナは、それを聞いて恐怖の余りガタガタ震え始めた。
「ばあか、そんな勿体無いことできるかよ」と巨漢の商人は腹を揺すって笑った。
そこへ、初老の紳士がフラリと現われた。
「これは、これは旦那、いつもご贔屓に」
商人達はうやうやしく頭を下げた。上顧客らしい。
「うむ、出遅れたようだ。ふうむ、今日はこのやせっぽちだけか。」
「すいやせん、もう他の子どもはみな買われてしまったんでやす。」
「そうか。だが良く見ると、なかなかきれいな目をしておる。だが、この痩せ方では相当食べさせて肥えさせなくては役には立つまいな。その分は、値引いてもらえるのじゃろうな。」
「へい。いつも贔屓にしてもらっている旦那のことでやす。充分勉強させてもらいやす。」
そして、商談は成立し、ライナは紳士に買われていった。

紳士の館

やがて、2人を乗せた馬車は紳士の屋敷へと着いた。
屋敷は、いままでライナの見たことのない豪壮な建物だった。
紳士にともなわれ、彼女は邸宅の中へと連れられていった。
「お帰りなさいませ。旦那さま。」
女中頭と思しき女が出迎えた。
「うむ。前からお前が欲しがっていた下働きの娘を買ってきたぞ。」
「有難うございます。」
そういって女はライナを値踏みするように、しげしげと頭の先から足の先まで眺め回した。
「旦那様、お言葉ですが、随分やせっぽちな娘ですね。」
「まあ、そう言うな。やっと一人買ってきたのだ。当分は、たくさん食べさせて、太らせるが良い。」
「いつもお優しい旦那様でございますこと。さ、こちらへいらっしゃい。今日寝るところを教えるから。明日からしっかり働くんだよ。」
ライナは女に連れられて、屋敷の階段を上っていった。上っても、上っても、果てしなく続くかと思われる階段。長い間船倉に閉じこめられて足がすっかり弱くなっていたライナは、苦しそうにあえぎながら上った。
「ほら、しっかりおし。」
女は軽くしかりつけて、やがて辿り着いた屋根裏部屋の扉を開いた。
「さ、ここだよ。布団は中にあるからね。これから掃除は自分でするんだよ。それから、後で台所まで夕食を取りにおいで。」
それだけ言うと女はライナの返事を聞かずに、さっさと下に降りていった。

そこは、灯のない狭い屋根裏の部屋だった。唯一天井の窓から差し込む月明かりが部屋の中を照らしていた。ライナは途方に暮れて、部屋の中を見渡した。しばらく使われていなかったのか、ベッドの上にも、床の上にも厚く埃がつもっていた。
ベッドの布団も黴臭かった。
ライナは、それまで一緒に旅をしてきた子ども達と別れ別れになって、遠くの国で一人ぼっちになった寂しさで、部屋の隅にうずくまって泣いた。
と、その時、さあっと、部屋の中が明るくなった。
「あっ、流れ星・・・」
それも、次から次と雨が降るかのように流れていた。
囚われて遠く離れた国についた日、それは星の降る夜だった。

東の国の光と影

天から降る星々に照らされて、ライナはここで生きていく力をもらったかも知れない。
ライナは、幸いにして屋敷の主人の紳士のお気に入りになった。
主人は、ナラマイト卿と言った。
彼は、最初に見初めた彼女の深い緑色の瞳を好んだ。
買われてきた奴隷の身でありながら、ナラマイト卿の身の回りの世話を任されるようになった。
また時には、ナラマイト卿と一緒に食事をすることもあった。これも破格の待遇である。
それに応えてライナもよく仕えた。
しかし、それが女中頭のアルタイには面白くないようだった。長らく仕えたのに、旦那様と一緒に食事をしたことなど数えるほどしかないのだ。なのに、あの奴隷の小娘ときたら、憎らしい。
アルタイは皆のまえでは毅然としていたが、二人きりになると薄笑いを浮かべながら、ライナのお尻や足を思いっきりつねった。おかげで彼女の下半身は痣だらけであった。しかし、それを主人に訴えるでもなく、じっと耐えていた。
「赤毛」それは彼女の屋敷での呼び名だった。
屋敷には、女中頭のアルタイを筆頭に、男4人、女6人が雇われていた。そして、ライナと同じ奴隷にキジムとクガリの2人の男の子がいた。彼らは南方からさらわれてきたらしく、褐色の肌をしていた。そして屋敷の隣の納屋が彼らの寝床だった。

ある時、ライナは言いつけにより、女中の一人とともに郊外の城に住むナラマイト卿の姉を訪ねることになった。
ナラマイト卿の姉への土産物を山ほど積んで、女中とライナは馬車で屋敷を出発した。港に面した都を離れ、馬車は内陸部へ向かっていった。
潮風の匂いから遠ざかりながら、始めて見るこの国の田舎にライナはワクワクしていた。だが、そのうち彼女は異様な光景を見るようになる。
街の中はあんなにきらびやかで物にあふれているのに、一歩街をでるとひどい身なりの人たちが溢れていた。垢にまみれて、ぼろぼろの服をまとい、畑をたがやしている疲れ切った農民たち。
子どもたちは、まともに靴も履いていなかった。
それどころか、孤児なのか、ときおり骨の上に皮を張ったようにやせこけて、道に寝そべっている子どもたち。もはや動く力もないのか、馬車が近づいてもどこうともしない。
きっと明日の朝までにはこの中の何人かが亡くなっているに違いない。
ライナは、その光景にこの国の現実を知った。ライナの故郷では想像もできないくらい物に囲まれた王都の金持ちたち。しかし、そのごく一握りの人を除けば、まともに生きていくのも難しいくらい困窮した大多数の人たち。
自分は奴隷で、この国でもっとも不幸な人間だと思っていたライナは、実は自分がとても恵まれていたことに胸が痛んだ。

西から来た科学者

そして、あっと言う間に1年が過ぎた。
ライナの願いは、また屋根裏の部屋で星降る夜に出会うことだった。
あの明るさ、尊さは彼女に異国での生きる力を与えてくれた。
そして・・・もし・・・またあの星降る夜に出会えたら、もしかしたら懐かしい故郷に帰って、父や母に会えるかもしれない。そんな願いを心ひそかに秘めていた。

その夜、マラナイト卿の食事の準備を終えたライナは、また彼の食卓へ招かれた。
そして、ときおりするようにライナにその日あったことを語り聞かせるのだった。
「ライナよ」マラナイト卿だけは彼女を名前で呼んだ。
「はい、旦那様」
「今日、城に招かれて、おかしな人間に引き合わされた。なんでも西の国から来た科学者だと言うのだ。」
(西の国・・・私の故郷の国・・・)ライナはその響きが懐かしかった。
「その男が王様に一生懸命説明をしていた。『この国は一見裕福に見えますが、西にはもっと裕福な国があります。』そう聞いて、王様は非常にくやしがられてなあ。それで、『どうしたら、わしはもっと裕福になれるのじゃ』と聞いておられた。」

ナラマイト卿の話は続く。
その西の国から来た科学者は、東の国の王に、「王様が、西の国の王に及ばないのは、この国の民の働きが足らないからです。」と説明した。
(あの人たちに、これ以上働けだなんて、なんというひどい科学者だろう。)ライナには西の国の科学者が悪魔のように思えた。
科学者は続ける。
「王様は、いつも貴方の国民が何をしているかご存知ですか。王様が民の働きを信じておられても、目の届かないところでは何をしているか分かったものではありません。」
「ふうむ。」王は考え込んでいたが、欲深い彼の目にだんだん怒りの色が満ちてきた。
「そうか、言われてみればそうじゃ。哀れな姿をして、余の同情を買おうなどと、まったく怪しからぬ者どもじゃ。して、お前に何か良い考えがあるのか。」
「この広大な土地の隅々まで目を光らせるのは、とても王様の兵隊たちだけでは無理でありましょう。そこで、このようなものを考えて参りました。」
そう言って、科学者は設計図を広げた。
「これは何じゃ?」
王の問いかけに、科学者は「これはセカイメガネというものです。」
「セカイメガネ?」
「世界の隅から隅まで見ることができるメガネです。」
「どう使うのじゃ。」
「これを大量に作って、国民全員に配るのです。すると、このセカイメガネを持っているのが、どんな人間で、どこにいて、今何をしているかが手に取るように王様に分かるのです。」
「そうか、それは凄い。」
「もし、お許しいただければ、一週間後には試作品をお持ちします。そして実験が上手く行けば、工場で大量に作らせてもらいたいのです。」
「分かった。それで、どれくらい金がかかるのじゃ。」
「そうですね。お城の財宝の半分といったところでしょうか。」
「半分か・・・ううむ、構わん、西の国の連中を見返すためじゃ。進めるが良いぞ。」
「有り難き幸せです。」

ナラマイト卿は、今日城で見てきたことを話し終えると、「だがのお、わしは気がかりでならんのだ。王様の欲深な心につけ込んで、あの科学者は何か良からぬことをするのではないだろうか。」と眉間に皺を寄せるのだった。

セカイメガネ

そして、一週間後、科学者は円筒形の「セカイメガネ」をいくつかと、大きな鏡のようなものを持って城にやってきた。
科学者は、王様の兵隊数人に「セカイメガネ」を持たせて、思い思いの場所に赴かせた。
そして、頃合を見て、科学者は大きな鏡のボタンを押した。すると、鏡に徐々に光がさして、やがて国中の地図が現れた。そして、地図の上には赤い光が数箇所灯っていた。
「王様」と科学者は言った。
「この赤い光はセカイメガネのある場所です。例えば、この右上の光を指で押してみます。」
すると、赤い光が広がり、「セカイメガネ」を持っている兵士と、その周りの光景が映し出された。
その兵士は、目の届かぬことをいいことに酒場で一杯ひっかけていたのだ。
「どうぞ、王様。この兵士をしかりつけてください。」
そういって、王を鏡の前に招いた。そして、伝声管を指差して「さあ、どうぞ」と促した。
王は半信半疑ではあったが「こおら、貴様、怪しからん。すぐに城に戻るのじゃ。ただでは済まぬから覚悟しておれ」と伝声管に向かって怒鳴りつけた。すると鏡の中の兵士が驚きのあまりひっくり返るのが分かった。
それに一緒に見学していた王の取り巻きは一斉に驚嘆の声を上げた。
「これは凄い。良いか、どれほど金がかかろうと構わん。すぐ国の民全員分のセカイメガネを用意するのじゃ。」
王は興奮を抑えきれずに言った。

科学者の顔

それから間もなく、街からさほど遠くないところに「セカイメガネ」の生産工場の建設が始まった。
そして、ライナが12歳を迎えるころに、工場ではもくもくと黒い煙を吐いて「セカイメガネ」の生産がはじまった。
完成したセカイメガネは工場の倉庫に積み上げられていった。王はすぐにでも配りたがったが、一斉に使用しなければ意味がないと科学者はそれを許さなかった。
その西の国の科学者は、城の近くに住みかをあてがわれ、毎日工場へと通っていた。その道はマラナイト卿の屋敷の前も通っていた。ライナが、庭で仕事をしている時に、丁度科学者の馬車が通りかかったことが何度かあった。周りの女たちがヒソヒソと話しながら、しきりに通りを指差すので世事にうといライナにも、これが科学者の馬車と知れた。
馬車の窓からほんの一瞬見えた科学者の顔は、伸び放題の髪と髭でハッキリと人相を知ることはできなかった。しかし想像していた悪魔の顔ではなく、むしろ悲しげで痩せこけた長身の男だった。西の国のから来たからだろうか、ライナはその科学者を見るたびにとても懐かしい気持ちになった。

起動

それから、ライナが13歳の誕生日を迎える少し前に、全国民分のセカイメガネが完成した。
そして、国民という国民、金持ちや貴族、兵隊や一般の国民、そしてライナたち奴隷まで、セカイメガネが配られ、肌身離さず身につけることが命じられた。
しかし、これには貴族も含めて誰も喜ぶものはいなかった。それは、いつ何時王に自分の生活を覗かれるかも知れないからだった。
だが、勝手に外したり、壊したりすれば、大変な厳罰が待っていた。結局、恨み呪い、困惑しながらも国民は「セカイメガネ」を身につけた。そして、王宮に設置された大きな鏡のスイッチが入れられた。
王は気まぐれに国民を表す鏡の赤い点を指で押しては、時に𠮟りつけ、時にののしり、時に怪しからぬと判断したものを獄舎につないだ。
そして国民は恐れ、ついには王に対して従順になった。

そして蜂起

ところが・・・それは長くは続かなかった。
実は、このセカイメガネには隠された機能があったのだ。この「セカイメガネ」を使うと、メガネを持ったもの同士自由に会話をすることができた。
また、この国の外の世界のことも手に取るように映ったのだ。
まさに、世界を見ることができるメガネ、「セカイメガネ」だった。
そして、国民たちは知った。いかに自分たちの生きている世界が、いびつで不平等であるかと言うことを。そして、世界には何と自由で平等な国があるかということも。
いままで自分たちが敵わないと思っていた王や兵士、金持ちたちは、実はほんの一握りしかいない。どうしてこんな人数ばかりなのに恐れていたのか。それにしても、俺たちにひどい生活を強いながら、奴らはなんという贅沢な生活をしているのだ。
その怨嗟の声は、「セカイメガネ」での会話を通じて、どんどん増幅していった。そして、洪水が堤防を押し流すように一気に国民達は蜂起した。

残された子どもたち

13歳の誕生日、ライナは取り残されたキジムとクガリの2人の奴隷と共に、彼女の屋根裏の部屋に隠れてガタガタ震えていた。
その日、怒った民衆はまず王の城を襲った。王は兵隊たちと必死に民衆たちを防ごうと試みたが、鉄砲水に押し流される脆弱な家屋のように、たちまち民衆たちに圧倒され、そして囚われた。
民衆は歓声を上げて、さんざん小突きながら王と側近達を刑場に引きずっていった。しかし、王はその暴力に耐えかねて途中で息絶えた。

街のいたるところでは火の手があがっていた。
その中、ナラナマイト卿はいち早く港の持ち船に脱出した。ナラマイト卿はライナを連れていきたがったが、「足手まといになるから」と周りに説得され断念した。
そして、屋敷には彼ら3人の奴隷たちだけが取り残されていた。
街からは、激しくものを壊す音や、逃げ遅れた人たちの断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
やがて、日が落ちた頃、屋敷の周りが騒がしくなってきた。
ライナたちは、恐々と窓から顔を出すと、そこは松明を手にした大勢の怒れる民衆たちが取り囲んでいた。
「どうなるの」
「大丈夫さ、奴隷にはひどいことしないさ」
「でも、一緒に暮らしていた僕らもひどい目に合わされるよ」
民衆たちは口々に恐ろしい言葉を喚いていた。

呼び声

と、急に取り囲んでいた民衆の輪が、中程から左右に散った。その真ん中を悠然と歩いてくるのは、あの西の国の科学者だった。
結果的に、科学者の「セカイメガネ」が民衆の蜂起を助けたことになる。彼らは科学者を前に、恭しく道をあけていった。
やがて、科学者が屋敷に入ると同時に、人気の消えた屋敷に彼の足音が響き始めた。
一段一段、カツンカツンと階段を上がってくる。
ヤツには自分たちの居場所が分かるのだろうか。
(そうか、セカイメガネ)
キジムは2人の「セカイメガネ」を取り上げると、自分のメガネと一緒に床に叩きつけて壊した。
しかし、科学者の足音はどんどん近づいてくる。
「どうするつもりだ」
「わからない、でもきっとひどい目に合わされる」
キジムとクガリはライナをベッドの後ろに隠して、武器になりそうなものを探した。
そして、互いに棒のようなものを手にすると、屋根裏部屋の扉の前に身構えた。
扉の前で、科学者は足を止めると、中に向かって呼びかけた。
「ライナあ、いるのか?」

ライナは、その声に覚えがあった。
「キジム、クガリ、待ってえ!」
そう彼女は叫ぶと、ベッドを飛び越え扉に向かって走った。
その時、扉が開いて科学者が姿を現し、あっけに取られたキジムとクガリの二人の横をすり抜けたライナが、科学者の胸に飛び込んだ。

「お、お父さん、お父さん・・・」
「ライナ、すまない、長い間辛い思いをさせてすまない」
あの日、男たちに娘を連れ去られた父親は、1年をかけてこの東の国にたどり着き、娘をこの広大な国から探す計画を実行した。
王に「セカイメガネ」を作らせ、王ではなく、父親が国の隅から隅まで眺め回して娘を探し出したのだ。

「お父さん・・・この国が、滅んだわ・・・」
「ああ、そうだな。でも、親は自分の子どものためなら、どんなひどいことでもできるんだ。」
「お父さん、ごめんなさい」
二人は、それから、より固く固く抱き合った。
その二人を、窓の外から差し込んだ光が明るく照らした。
窓の外では、星が次から次と流れては消えた。
その夜は、星の降る夜だった。

(おわり)