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08.空気とダイヤモンド

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注意:この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

寒い冬の朝に

それは、寒い冬の朝。
玄関のベルが心地よい朝のまどろみを破った。
しぶしぶ暖かい布団から身を起こして玄関へ向かう。

「ちょっと待ってください・・・。」
ノブを回して、チェーンの長さ分開いた扉越しに外を見る。
外には、5歳くらいの幼い男の子がひとりぽつんと立っていた。
「あ、お前、ヒロトか・・・。どうした?こんな朝から。」
「おとうちゃんがずっと帰らない・・・んだ」
「えっ、佐山さんが、いつから?」
「もうずっと。」
そういって子供は顔をくしゃくしゃにした。

この子は隣の部屋に住んでいる佐山陽路燈(ひろと)。
いつもこの辺で、一人で遊んでいる。
陽路燈は、父親と二人暮らしだった。
その父親が帰ってこないらしい。

「ずっと帰らないんだ」
「いいから、心配するな。町内会長さんのところに一緒に行ってやるから。」
チェーンを外して、しゃくりあげる子供の肩を抱えた。
しかし、ひどいなりだ。
(もう何日も風呂に入っていないのか・・・。ちゃんと食べているのか・・・。)
子供のありさまに胸が痛くなった。

女優

「ハイ、お疲れ様でした。今日の撮影は全て終わりです。」
助監督が大きな声で案内をした。
「文音(もね)さん、済みません。野崎社長からお電話です。」
今シーンを終えた女優は、マネージャーの携帯を受け取って応答した。
「はい、文音です。」
「いま、電話してよかったかな。」
「ちょうど終わったところです。」
「いやね、早く知らせたかったんだ。
 今度の連ドラのヒロイン、君で決定だぞ。」
「あっ・・。本当ですか!まさかとは思っていましたけど・・・。」
「まさかなもんか、いま、局から連絡があったんだ。
 俺も頑張った甲斐があったよ。これで君も国民的女優の仲間入りだな。」
「本当に有難うございます。」
「あとな・・・こんな時になんだけど・・・。」
「なんでしょう?」
「いいにくいんだが、君には知らせないわけにはいかなくてな。
 佐山のやつ、亡くなったそうだ。」
「佐山さんが・・・。どうして?いつ?」
「撮影中に動揺させて済まん。
 ここ何日も帰ってこなかったから、探させたらしい。
 そうしたら、前の晩さんざん酒に酔って、そのまま路地で寝入ったらしい。
 朝には冷たくなっていたそうだ。」
「わ・・・。」
一瞬言葉に詰まったが、次の瞬間には気丈に答えていた。
「私大丈夫です。もう昔の話ですから。」
「一応伝えておくけど、今日が通夜で、明日が葬式だそうだ。
 身寄りがない男だったから、弔ってくれる親族もなくて。
 でも、それでは、あまりに一緒に暮らしていた子供が不憫だからと、町内会で葬式を出してくれることになったんだ。」
「子供・・・。陽路燈・・・。」
「あまり、勧めはせんが、それで気が済むなら会ってくるか?」
「いえ、その・・・。ちょっと、考えさせてください・・・。」

文音と佐山

「ここでいい。後は歩いていくから。」
目立たぬように質素な喪服に身をつつんでその女優、芳乃文音(よしのもね)は、車から降りて歩き始めた。
芳乃文音25歳、この世界に入って5年の若手女優であり、プロダクション ノザキエンタープライズの稼ぎ頭でもあった。
彼女は今、佐山謙司の葬儀へと向かっていた。

文音と佐山、二人にどんな因縁があったのか。

-・-

今から5年以上前、文音は佐山の家に身を寄せていた。
当時、佐山は40歳、ボイストレーナーを生業としていた。と言っても、生徒も少ないしがないトレーナーであったが。
文音はシンガーにあこがれ、高校卒業後、秋田から身一つで上京して住み込みで働きながら機会を待っていた。その時、ボイストレーニングに通っていたのが佐山の教室だった。
しかし、不況のあおりで住み込み先が倒産して、文音は居場所を失って途方にくれていた。そんな時、文音を拾って、住み込ませたのが佐山だった。

二人は籍をいれていた訳ではない。しかし、事実上歳の離れた夫婦のようであった。稼ぎの悪いボイストレーナーのくせをして強がりを言って威張っている佐山の傍に、いつも影のようによりそう文音がいた。
-・-
そんなある日、佐山は旧友の野崎に文音を引き合わせた。
佐山にしてみれば家族を紹介するような軽い気持ちだったのだろう。
しかし、野崎は文音を見た途端に心をつかまれた。
男としてではなく、芸能プロダクションの社長としてである。
「逸材だ・・・。」
歌を聴いたわけでも、演技を見たわけでもない。
ただ、なぜかそう思わせるものが文音にはあった。
地味だが好感の持てる清楚な顔立ち、そして澄んでよく通る声。いや、それ以上に人の心を捉える何かを持っている。

-・-

「お前の眼は節穴か。」
佐山を奥にひっぱりこんで野崎はやや興奮気味でなじった。
「何を言いだすんだ。」
「そうじゃないか、あんな逸材をこんなところで遊ばせておいて、勿体無いと思わんのか」
「そ、そうか・・・。」
野崎の勢いに押されながら佐山は生返事をした。
「言っちゃ悪いが、だからお前はうだつが上がらないんだ。」
「おい、ちょっと・・・」
「なあ、俺に任せろ!
 必ず日本一に育てて見せるから。」
突然の事態に、困ったように佐山は応じる。
「といってもなあ、目立たんだろうが、あいつの腹の中には俺の子供がいるんだぞ」
「えっ・・・。
 そうなのか。
 でも、まさか育てるつもりじゃないよな。」
「いや、それは・・・。」
「だろう、今ならまだおろせるじゃないか。」
「ちょっと待てよ!いい加減にしろ」
思わず怒気を発した佐山にも全くひるまず野崎は続けた。
「なあ、考えてみろよ。あの子にとっても二度とないチャンスだ。
 一生光の中を歩けるんだぜ。
 お前が縛りつけて、あの子の一生がめちゃくちゃになってもいいのか。」
「めちゃくちゃ、って。俺はそこまでどうしようもない男なのか。」
さすがに野崎も我に返って非礼を詫びた。
「済まなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。
 でも、真剣に考えてくれ!連絡を待っているからな。」
「・・・」

-・-

その日の夜遅く、野崎の携帯に佐山から連絡があった。

「文音と話し合ったよ。
 お前のところに行きたいそうだ。」
「そうか、お前はいいのか。」
「俺より、大事なのは文音の気持ちだ。」
「子供はどうする?」
「子供は生ませる、そして、俺が育てる。
 文音やお前には面倒をかけない。」
「どうしても・・・なのか。」
「ああ、どうしてもだ。」
「いや、俺はあの子をお前から取り上げてしまうつもりはないんだ。
 ただ、俺のところで育てたいと言っているだけだ。」
「きれいごとを言うんじゃない。
 そんな訳にはいかないことくらいガキにだってわかる話さ。
 お前の言うように文音は特別な女だ。
 まるで、ひだまりなんだ。
 生きたいって気持ちにしてくれる。
 わかるだろう。
 でもなあ、こんな俺が、文音を縛り付けるのはやっぱり違うよな。
 それでも、俺が文音と生きた証は残したいんだ。」
「それが、子供だと・・・」
佐山は泣いていたかも知れない。
野崎はそれ以上何も言うことができず、ただ「わかった。落ち着いたら連絡をくれ。待っている。」とだけ言った。

子供は男の子であった。「陽路燈」と佐山が名前をつけた。
情がうつらぬ内に、文音は子供を佐山に託して、野崎のところへ身を寄せた。
それから、佐山とも子供とも会っていない。
どのように暮らしているか、野崎は話さなかったし、文音も聞きもしなかった。

忘れえぬ面影

葬儀は、町の小さな集会場で行われていた。
受付で香典を渡して、偽の名前と住所を書いた。
そして、分厚い黒縁メガネをかけた彼女は、地味な女学生くらいにしか見えなかった。
見事に女優の気配を消した彼女を、その人と気づく人はいなかっただろう。

奥へ進んで、式場の一番隅の椅子に腰をかけた。
顔を挙げると、佐山の写真と眼があった。
(あ、あんなにやつれて・・・。)
写真は文音が知っている佐山ではなかった。憔悴し、老いすら感じさせた。
まだ、そんな年ではないのに。
この間どんな生活をしていたか自ずと知られた。
前の席には町の人たちが集まって座っていた。そして、聴くともなしにひそかなささやき声が聞こえてくる。
「不憫よね。まだ小学校にも上がらないのに。」
「でも、ひどい生活をしていたんでしょ。」
「そうねえ、もしこのまま一緒に暮らしていたら栄養失調で死んでたかもね。だから、悪いことばかりじゃないのよ。」
「まあ、少し不謹慎じゃない。」
「構わないわ。だって、ひどいのは母親の方よ。
 生まれたばかりの子供を置いて出ていったんでしょ。
 前に何度か見かけたけど、虫も殺さないような顔をして、とんでもない鬼母よ。
 今頃どこで何をしているのかしら。」
「そういったら、お父さんも不憫だったわね。
 夜泣きがひどい子だったから、アパートの周りの人に迷惑をかけられないからって、毎晩公園のブランコに座っていたもの。」
まるで忘れていた虫歯がしくしくと痛み出すように、一言一言が身に突き刺さる。
思わず写真の佐山から眼をそらすと、右前に男の子が座っているのが眼に入った。
(陽路燈・・・。)

母親の嗚咽

「ちゃんとお別れは言えたのか・・・。」
行きつけのバーに座っていた文音に野崎は声をかけた。
今日は少し酒を過ごしているようだ。
「あ・・・。社長・・・。」
「どうした・・・。」
「私、ちゃんとさよならと言ってきましたよ。」
「そうか・・・。」
「少し、いいですか・・・。」

文音は涙は流していなかった。ただ、ときおり感情を飲み込むように眼を伏せ、深く息を吸った。
「聞いてくださいよ。」
酔ってはいても、今まで野崎に対して決して敬語を忘れない文音だった。
しかし、その叩きつけるような言い方に彼女の心が表れていた。
「佐山ったら、ひどい男なんです。
 最初は『俺が育てる』って粋がっていたくせに、すぐに音をあげて。
 赤ん坊の世話がしきれずに近所の人にもさんざん世話をかけて。
 そのうち教室も畳んでしまって、日銭を漁るようになったんですって。
 そして、子供がちょっと手がかからなくなると毎晩、毎晩、毎晩・・・子供をほったらかしにして飲み歩いて。」
「よくそれで問題にならなかったな。」
「どんなに夜出歩いても、朝にはちゃんと帰って、子供の世話をしたそうよ。
 でもねえ、まともに食事なんかさせやしない。
 コンビ二で買った粗末なものばっかり食べさせられて、あの子ガリガリに痩せていたわ・・・。
 佐山が出歩いていた時は、いつもアパートの周りで一人ぼっちだったんですって・・・。」
感情を吐き出すように、一気にそこまでしゃべると文音はグラスの酒を一気に流し込んだ。そして、苦しそうにむせ返った。
その苦しみが、さも佐山の所為であるかのように「ほんとうに、ひどいやつ」と何度も繰り返した。

「でもねえ、本当にひどいのは私の方・・・。
 あの子の顔を見るまでは、自分に子供がいることさえ、つとめて思い出さなければ忘れてしまってた。
 あの子ね・・・、とっても嬉しそうににこにこしていたんですよ。」
「・・・・」
とめどなく大粒の涙が文音の眼からあふれ出た。せき止めていた感情があふれ出すように。
「あの子ねえ、幼稚園も行っていなかったし、いつも一人だったのよ。
 でも、葬式の時に近所の子供達が大勢きてくれたの。
 それで、とっても嬉しそうだったの、幸せそうににこにこ笑っていたの。
 たった一人の父親が・・・死んだのによ。」
「不憫だな・・・。
 でもな、こういってはなんだが、文音、へんな気を起こすなよ。
 世間中、お前のことを、秋田からでてきた純朴な娘が都会の水で大女優に生まれ変わった、ってサクセスストーリーを本気で信じているんだ。
 そのお前に5年前に生んだ子供がいたなんて分かったら、お前はそこで終わりだぞ。なあ、悪いことは言わない、もう関わりを持つんじゃない。
 子供もひどい親の手を離れて、ちゃんとした施設に引き取られて今度こそ幸せになれるさ。」
しかし、文音はそれには答えなかった。
両手で頭を抱えて、「会いにいくんじゃなかった・・・。」と切れ切れに繰り返すばかりだった。

文音の決意

ある晴れた、そして寒さも少し緩んだ日。
地下鉄のエスカレーターを一人の女性が上ってくる。
分厚い黒縁の眼がね、化粧っ気のない顔、少女のようなお下げ髪、地味なセーターと丈の長いスカートをまとい、足元はスニーカーを履いている。
どこから見ても20前の女学生に見えた。
しかし、その女学生は見事に姿を変えた文音だった。
この姿を見て、これが今をときめくトップ女優だと気がつくものは、雑誌記者にもいなかった。この変装の特技のおかげで、文音は自由にオフを楽しむことができた。

その時、ふいに鳴った携帯に文音は応じた。
「社長、今日はオフですよ。どうしたんですか。」
「元気そうじゃないか。いや、ちょっと気になってなあ。」
「もう、ここのところ毎日じゃないですか。」
「いや、いいんだ。ゆっくり休んでくれ。」
そう言って野崎の電話は切れた。
まだ、陽路燈のことをひきずっているんじゃないか、野崎としては気になるのだろう。本当は文音を一人にせず、傍にいたかったはずだ。
でも・・・しかし、文音は自分をごまかしたりはしなかった。
何日か悶々と過ごした後、朝の太陽の中、文音は行動を起こすことにした。
もし、これで二度と会えなくなっても、きちんと陽路燈に対する気持ちのけじめはつけよう、と。

再会

佐山と陽路燈が一緒に住んでいたアパートの前で、陽路燈は大学生くらいの男性とキャッチボールをしていた。
大学生は、築山新慈(つきやま しんじ)、佐山の隣の部屋に住んでいて、佐山が亡くなった日も何かと陽路燈の世話を焼いてくれていた。
正式な受け入れ先の施設が決まるまでの間、新慈は自ら申し出て、陽路燈を自分の部屋で面倒を見ていた。その他、食事のことは町内会でも世話をしてくれているらしい。

「こんにちわ。」
「あっ、君。確か葬式の時に来ていた人だよね。」
「はい、私、太田りさ と言います。」
文音は、以前出演したドラマの脇役の名前を名乗った。りさは文音がよく使う偽名だ。
「りささんか、佐山さんの親戚か何か?」
「直接、血のつながりはないんですけど、遠い親戚みたいで。
 前に一度、陽路燈君にも会ったことがあるんですよ。
 ねぇ、陽路燈君、お姉さんのこと覚えてる?」
陽路燈は急に振られてきょとんとしている。
「そっか、まだ赤ん坊だったもんね。覚えている訳ないか。」
さすが女優、アドリブですらすら出てくる。
「私、学校が静岡で、たまたま今は実家に帰っているんだけど、もう明日には学校に戻らなければならないの。
 それで、陽路燈君が寂しい思いをしていないか、もう一度会っておこうと思って。」
「ふうん。
 あっ、そうだ、1時間くらい陽路燈のこと頼めるかな。
 ちょっとバイト先の店長に呼ばれたんだ。バイクに乗れば用事も済ませて、すぐ帰って来られるからさ」
「あっ、いいいけど。」

-・-

陽路燈を任された文音は、彼の手を引いて近くの喫茶店に入った。
そして、テーブルの上に大きなメニューを広げた。
「さあ、陽路燈君何を食べたい。」
「えっ、どれでもいいの」
「子供が遠慮なんかしないの」
「じゃあ、これ」
遠慮がちにホットミルクを指差した。
「えっ、これでいいの?
 何でもいいのよ、お姉さんが選んであげるわ。
 陽路燈君アイスクリーム大丈夫?」
「よくわからない。」
「だったら、これね」
文音は一番大きなパフェを選んだ。
始めて見る大きなパフェに陽路燈はすっかり夢中になったようだ。
小さな口を大きく開けてアイスクリームをほお張る陽路燈に、文音は心の中から湧き上がる暖かい気持ちを感じていた。

-・-

「ごめん、ごめん。」
そこへ、新慈が帰ってきた。
「ちょっと探しちゃったよ。そうしたら、隣のおばちゃんが、二人でここに入ったと教えてくれてさ。
 わあ、陽路燈、すごいなあ。良かったなあ。
 りささんって、お金持ちだったんだ。」
「ちょっと、大げさよ。パフェくらいで。」
「そう言えば、りささんの声って、女優の芳乃文音に似ていない?」
「そう?でも、たまに言われるかな。
 見た目は、ぜんぜん違うのにね。」
「ホントだ。」
「ひっどおい。そこはフォローするでしょ、普通。
 ねえ、築山君、この後何か予定は入っている?」
今度は文音から誘った。
「えっ、デートとか?」
「違う、違う。
 陽路燈君を連れていきたいところがあるの。
 できれば、築山君にも付き合ってもらいたいんだけど」
「全然OK!どこへでも行くよ。」

光の海

そして3人は連れ立って地下鉄に乗った。
電車はトンネルを進み、やがて眩しい光の中に飛び出した。
時間は午後の2時に近かった。
冬の優しい日差しが電車の中に陽だまりをつくる。
陽路燈は小旅行にすこし興奮気味で、車窓に顔をくっつけて食いいるように窓の外の景色を眺めていた。
「わあ、海だ!!!」
急に開けた海岸線に 陽路燈は高揚し、大きな歓声をあげた。

そして、海辺の小さな駅に電車は止まり3人を降ろした。
駅の前は、真っ白い砂浜がどこまでも続く光に満ちた海岸だった。
冬なので、もちろん海水浴客はいない。
沖に数艇ヨットが帆走していた。
白い砂浜と海と空のコントラストに、 陽路燈は全力で駆け出して行った。
「見て、 陽路燈君、もうはちきれそうに走っているわ。」
「何度か、この駅は通過したけど降りるのははじめてだ。」
「私にとって、ここは世界一光があふれている場所なの。ここに来ると辛いことも、苦しいことも、 許せなかったことも、全部光の中に溶けてしまう気がするの。」
やや翳りを帯びた午後の太陽を眩しそうに見上げながら文音は言った。
「りささん、詩人だね。」
「 陽路燈君も辛いことや悲しいことを全てこの光の中に溶かしてしまって欲しかったんだ。」
「陽路燈にとって、きっと一生の思い出になるよ。
 俺の人生にもこんな素敵なシーンがあったんだって。」
文音は、首を伸ばして、まっすぐ太陽を見つめて言った。
「思い出なんかじゃない。
 もっと、もっと人生は光り輝くの。今日がその始まりなの。」

画面の向こうの彼女

「りささんかあ、また会えるかな。」
少々名残惜しく感じながら、新慈は陽路燈とテレビに前で炬燵を囲んでいた。
テレビでは、4月からの連ドラの特集番組が放送されていた。
収録と、生放送が交互に流される番組構成であった。
司会者の紹介で、ドラマの出演者たちにカメラが向けられた。
その時、突然陽路燈が声を上げた。
「あっ、お姉ちゃんがいるよ。」
新慈は雑誌から眼を上げて、テレビにみたことのある人物を見つけた。
「えっ、りささん、どうして・・?」
今日の文音は黒縁眼がめをかけていた。そして、眼がねをはずすと、そこにはいつもの芳乃文音がいた。
「りささん、えっ、芳乃文音?
 えっ、俺ずっと芳乃文音と一緒にいたの...。」

告白

インタビュアーは、文音に質問を投げかけた。
「ドラマの主人公の『喜多野はる』という女性を、文音さんはどう思いますか?」
「はい。戦後のたいへんな時期、自分の子供も他人の子供も分け隔てなく守って立派に育て上げた女性です。たいへん尊敬しています。」
深く司会者は頷いて、「演じる人物を尊敬していらっしゃるんですね。」と応じた。
そして、文音は
「子を持つ母親として、とっても共感します。」

一瞬みな何が起こったか分からなかった。
しかし、カメラの傍で見守っていた野崎は瞬間的に思った。
(やられた!こんな形で暴露されるとは思っても見なかった。)
しかし。
(いや、まだ間に合う。
 でも、どうする、日本中が見ている中、まさか割って入るわけにも行かないし。)

-・-

「文音さん、それは一般論ということでうかがっておけば良いでしょうか。」
(そうだ、うまいぞ・・・!)
「いいえ、わたし芳乃文音は、今日皆さんにお詫びしなければならないことがあります。
 実は、私には5年前生んだ子供があります。名前は陽路燈です。
 相手の男性とは、その子を預けて別れました。
 そして、この5年間会っていませんでした。」
(おい!ちょっと待て!!)
「しかし、その男性が最近亡くなったので、私は母親の責任を果たすために、陽路燈を引き取って育てることにしました。」
「えっ、それは・・・しかし・・・」
インタビュアーは余りの急展開にすっかり取り乱してしまった。
(これは自爆テロだ。テロだぞ。文音!!!)
「しかし、それはですね。この大事な時期に・・・相手の男性の親御さんに引き取ってもらうということもできたのではないですか?」
「残念ながら、彼は身寄りのない天涯孤独な人でした。
 それにね。
 私たちにとって、『空気』と『ダイヤモンド』ではどちらが大切ですか?」
「まあ、ダイヤモンドは貴重ですが無くて生きられますから。
 でも、空気はなかったら生きていけませんからねえ。」
「そうでしょ。
 空気はいつでもどこでもあるから誰も欲しがらないし、お金も払わない。
 それに比べて、ダイヤモンドは数が限られているから皆がお金をいくら払ってでも欲しがる。
 女優、芳乃文音は皆さんにとって希少なダイヤモンドかも知れません。
 でも、ダイヤモンドはなくても生きられますから。
 私は、皆さんのダイヤモンドよりも、自分の子供の空気になることを選びたいのです。」

思わず、共演者の一人がコクリと感心して頷いた。
そして、テレビの向こうの視聴者たちの心にはどう響いたのだろうか。
(うまいこと言いやがる。さすが芳乃文音だ。
 よし、このまま終わらせないぞ。
 これを美談にしてやる。もっともっと大スターにしてやるぞ。)

カメラに向かって、これ以上ない笑顔を作り、文音はテレビの向こうの陽路燈に呼びかけた。
「陽路燈、待っててね。
 すぐに迎えに行くから。
 そうしたら、あなたの大好きな大きな、大きなパフェを一緒に食べましょ。」

(おわり)